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女性が、編み棒で毛糸を拾って輪の中を通す姿を見ていると、理彩は、どうしても母親がそこにいるとしか思えなかった。 『編み棒を持つ手の形がお母さんの手だわ。』 理彩の視線は、女性の手先から離れなかった。 このセーターは、2月に家族でスキーに行く時に理彩の母親が雄太に着せたいと編んでいたものだった。 「ちょっと休んだらどうだい?」 男性がお茶を入れてきてくれていた。 「時間が経つのを忘れていたわ。」 「随分、進みました。」 「頂いた水ようかんを食べよう。」 「もう、水ようかんの季節ね。雨は、まだ、降っているみたいね。」 窓の外に雨だれが落ちる陰が見えている。 ふと、時計を見ると3時近くになっていた。 「そろそろ、おいとまします。雄太が帰ってくるので。」 理彩は、慌てて、セーターを紙袋に入れようとした。 「ねえ、少し編んでおくから、おいて行きなさい。」 「でも・・・」 「いいから。ね。」 「ありがとうございます。」 「さあ、急いで帰らなくちゃね。雄太君が帰って来ちゃう。」 理彩は、傘を開くと夫婦に会釈をして浅草の駅に向かった。 いつものように、理彩が細い道を大通りに向かう途中、振り返るといつまでも二人は理彩を見つめていた。 雄太は、家の呼び鈴を何度も鳴らしたが、理彩は、出てこなかった。 『あれ?また、帰っていない。世田谷の家に行くって言ってたけど。全く!ちょっと行ってみようかな。』 雄太は、ランドセルを玄関脇に置かれている自転車のかごの中に入れると、何かの時にとランドセルのポケットに入れてある千円札を握りしめて駅に向かった。 30分ほどで世田谷の理彩の実家に着いたが、雨戸も閉まっていて、理彩が来ている様子はなかった。 ポストには、チラシが無造作に突っ込まれていた。 『本当に来たのかな?』 雄太は、家の周りをぐるりと回ってみた。 すると、隣の家の女性が丁度、買い物から帰ってくる所だった。 「あら、雄太君?」 「あ、こんにちは。」 「どうしたの?」 「ああ、あの、今日、お母さんが、片付けに来るって言っていたので。」 「あら、そうなの?今日は、ずっと雨戸が閉まったままだったような気がしたけれど、理彩ちゃん来ていたのね。」 雄太は、会釈をすると、駅に向かった。 『お母さん、一体どこに行っちゃったんだろう。』 家に帰ると、理彩は、すでに家にいた。 「雄太、お母さんより先に帰っていたのね。ごめんね。」 「この間もだよ。どこに行っていたの?」 「ごめん。世田谷の家よ。今朝、言ったでしょう?」 「僕も、今行ってきたんだよ。」 「そうなの?だめじゃない。勝手に行っちゃ。」 「だって、まだ帰っていなかったから。」 「ごめん。でも、何も言わないで、勝手に行っちゃだめでしょう?」 雄太は、怒った顔で、理彩を見た。 「本当に世田谷の家に行っていたの?」 「え?」 理彩は、言葉に詰まった。 「だって、隣のおばさん、来ていないって言ってたよ。」 「気がつかなかったんじゃない?今日は、リビングの雨戸しか開けなかったから。」 そう言われても雄太は、理彩の言葉が信じられないという顔をしていた。 『雄太。』 人気ブログランキングへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009/03/26 12:41:49 PM
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