テーマ:心のままに独り言(8838)
カテゴリ:こだわりとかいろいろ
この間いってきた 「数学の演奏会」での冒頭の話で
囚人達が 毎日毎日 お互いの笑い話をして 楽しんでいたのだけど ネタがつき だんだん毎回同じ話になるので ネタごとに 番号をつけた 囚人達はそれを覚えて その数字を言っただけで あぁ あの話かと笑うのを 新しく入ってきた囚人が驚いた 数字で笑ってる? 自分も試しに数字を言ってみたのだけど シーンとしてしまった お前のは数字の言い方が面白くない ここから 「数学の演奏会」は講演会がはじまり 話は変わっていくのだけど 私がその話で思ったのは この話を 聞いたときに これぞまさしく内輪ウケってヤツだなと思った 長い話を数字で表現してしまう 一般的な会話で例えれば それは専門用語だったりする わかる人にしかわからない わからない人間は話に入れない そして そのわかる人だけがかたまり グループになり そこだけで会話が進む 「あの時のあれだよ」みたいな 話している方もそれが日常になると なぜこの言葉の意味がわからないの?と不思議に思う 相手がどういう風にわからないのかすら わからなくなる 説明のしかたも忘れてしまう これって 学校の先生と生徒にもおこりがちな事だったり 話を簡略化するために人は用語を作り より話を深く掘り下げていこうとする 一部の人間だけで集まり 研究なり突き詰めていくならそれは それで良いのだけど 度が過ぎてしまうと 壁を作ってしまう あの人とは話があわない… とか 話が通じない 話が面白くない となってしまう 知らない方は学ぼうとして 当たり前に難しい言葉を使う人は 知らない人もいると言う事も知っておいた方が良いとおもった せめて難しい漢字に読みがなをつけるとか 本だと※がついていて スミに小さく説明がかいてあるように 私は同じ仲間でばかり固まってると 視野が狭くなるのが怖いですね そういう仲間も必要ですが 程よく外界とも触れないと 井戸の中の蛙になってしまいそうな気がしてしまいます お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.05.04 08:24:26
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