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テーマ:心のかたち、人のかたち(953)
カテゴリ:スピリチュアル
今朝、夢を見て目が覚めました。
孤独への恐れを表していると思いました。
まだまだ自分は持っているということを、 じっくり味わいました。
あたたかい愛に囲まれていることを思い出しました。
自分の方から認めて、愛そうと、 改めて思いました。
『神と人間』(五井昌久著)に、 次のように記載されていました。
守護霊さまが、夢を見せてくださるということに、 とても感謝の思いが湧きました。
<引用> 守護霊はただ、黙って人間を守っていてくれる。
この問題は世界の学者が種々と研究をつづけているのだが、 いまだに、はっきりとわかっていない。
と私はいう。
この法則は動かしがたい法則である。 この法則のままに、 想うことがそのままこの肉体界に現れたら、 この人生は、 もっともっと以前に滅びていたに違いない。
肉体の人間の心を奥底まで解剖すれば、 愛は情に流れて執着となり、 恨みは恨みを重ね、悲しみは悲しみを追い、 闘争心は常に戦火を絶やさず、 情慾の業火はいたるところに燃え広がり、 殺傷事件は眼に触れるあらゆる個所に 展開されていることは明らかである。
肉体脳髄の念の休止している間に、 巧みに夢として肉体世界と離して、 画き出してしまうのが 守護霊の偉大なる一つの仕事なのである。
夢として画き出されてしまえば、その想念は消えてしまう。 肉体世界に現れた場合は、 その現れが、また頭脳にキャッチされて、 再び同じ想念(おもい)を幽体に記録してしまうが (それでも現れれば幾分かずつか、消えてゆくのである。) 夢の場合はその想念(おもい)が 巧みに戯画化されていて、 いったいなんの想念(おもい)であるか判然としないので、 醒めた後で、いくら肉体頭脳で思ってみても、 その夢に現れた想念(おもい)は 再び幽体に記録されることはない。
業因縁がそれだけ消えたことになる。
それは、実際に 人生にその運命が現れるのを防いでくれる、 ありがたい働きであることがわかり、 うれしく思いました。
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最終更新日
2009.08.25 07:55:37
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