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テーマ:洋楽(3396)
カテゴリ:80年代洋楽
彼のキャリアは、大別して三つに分けられる。 90年代以降のソロ、スタイル・カウンシル、そしてThe Jamだ。 どの時期のウェラーにも違った良さがあるが、あえて言うなら「ジャムが一番いい」という人も少なくないだろう。 実際ジャムの曲は、今聴いても単純に「カッコいい!」と言いたくなるものが多い。 ワタシなんかも「Eton Rifles」や「Going Underground」を聴いてひとりでヘッド・バンキングしたものです。ハイッ! にも関わらず、ウェラー兄貴のソロ・ライヴでジャムの曲が演奏される割合はあまり多くない。 ソロの曲だけでも充分なステージが出来るという自負からだろうか。 あるいは、今の自分の立ち位置(年齢?)からしてジャムの曲は似つかわしくない、ということだろうか。 それはソレでごもっともなのだが、あれだけ名曲があるのにもったいないねとも思う。 そんな中で「Town Called Malice」は兄貴のライヴ・レパートリーとして演奏され続けている、数少ないジャムの曲のひとつだ。 邦題「悪意という名の街」。'82年のラスト・アルバム『The Gift』(上ジャケット)に収録。 同年の1月に先行シングルとしてリリースされ、全英1位を記録した後期の代表作である。 作詞、作曲はもちろんウェラー。 よく知られているように、この曲はシュープリームスの「You Can't Hurry Love(恋はあせらず)」のリズム・パターンが下敷きとなっている。 お約束だと分かっていても、イントロを聴いて腰がムズムズしてしまうのは僕だけではなかろう。 ちなみに、同じ'82年にはフィル・コリンズがずばり「You Can't Hurry Love」をカバーしてヒットさせていたり(全米10位、全英1位)、さらにはホール&オーツの「Maneater」(過去ログ参照)がヒットするなど、このリズム・パターンがちょっとしたブーム(?)となっている。 この時期のジャムはよく「スタカンの予行演習」みたいな言い方をされ、多様化するウェラーの音楽性にリズム隊がついていけてないという指摘もされる。 だが、この曲での力強い演奏を聴くと、とてもそんなコトを言う気になれない。 オルガンで味付けはされているものの、パンク的な荒々しさを残したこの躍動感はまぎれもなくジャムだ。特にリック・バックラーのタイトなドラミングは素晴らしい。 ウェラー兄貴の歌唱もアグレッシヴだ。それでいて初期のような硬さがとれて聴きやすくなっている。 反面、メロディの輪郭が思いのほかボヤけており、楽曲自体は若干弱い印象があるのが難点か。 が、それも演奏の勢いで帳消しにされているし、「ぱっぱっぱらっぱ~」というスキャットには胸おどるキャッチーさがある。 ブルース・フォクストンによるベース・ラインもごきげん 彼のコーラスも含め、ジャムならではの名ポップ・ソングに仕上がっていると思う。 ジャムは一般的に"パンク"のカテゴリーに入れられることが多く、当時から"ロンドン五大パンク・バンド"のひとつに入れられていた。 だがそれは、ウェラーの世に出るタイミングがその時のムーヴメントと重なっていただけであって、彼の才能はパンクにとどまるものではなかった。 「Town Called Malice」発表当時の「14歳の頃からモータウンをやっていた、そこに戻ったんだ」という発言はそれを裏付けるものだ。後期のライヴではカーティス・メイフィールドの「Move On Up」をカバーしている。 彼の行き着く先がスタイル・カウンシルというのも当然だったのだろう。 かく言う自分も昔はビート信仰みたいなものがあったため、ジャムといったら1stから4thあたりまでの曲をよく聴いており、後期の作品はスルー気味だった。だが、歳を重ねるにしたがってこの時期の曲が好きになってきている。 アルバム『Gift』は若干チグハクな部分も見られるものの、充分いい出来だと思うし、「もうちょっとこの三人でやってもよかったんじゃないの~?」なんてことも思ってしまうが、それを言うのは野暮というもの。 ここでやめておいたからこそ、ジャムは美しい伝説となったのでしょう。 直球パンク・バンドから出発し、紆余曲折を経て自分流のソウル・ミュージックを作り上げたウェラー兄貴。 「Town Called Malice」は、彼の過去と現在を結ぶ忘れがたい一曲だ。 今年のサマーソニックでも、コレを演奏してくれるのかな? つーコトで「Town Called Malice」を聴くにはここをクリック! ぱっぱっぱらっぱ~♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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