カテゴリ:ウィーン少年合唱団の映画
(初公開2013年4月) 初めは “青きドナウ”の映画から
1963年の夏に見たこの音楽映画こそは私の人生に大きな影響を与えてくれました。 「青きドナウ」は1963年に日本で放映されたディズニー映画の題名です。 その頃の私は、美的感覚の時期にありましてね、・・つまり 思春期 ガキ大将の殻を出るか、出ないかの境でもありましたから、夏休みに見ようと思ったディズニー映画はアニメの「ピーターパン」だけでした。 当時の映画は2本立ての自由席で150円ぐらいだったかなぁ。 もう一方の映画「青きドナウ」はその段階では、ただピーターパンにくっついていただけの、私にはあまり意味のないものだったのです。 ウィーン少年合唱団などと言う名前さえ知りませんでした。 あの頃は券さえ買えばいつでも自由に場内への出入りが出来ましたから「ピーターパン」しか頭になかった私は、弟と一緒にそれを見逃さない様に、他の映画が終わりそうな時間を見計らって中に入ったわけです。 知らない合唱が響く薄暗い館内では、暗さに目が慣れるまで席に着くことばかりに専念していました。 音楽なんてぜ~んぜん、ぜ~んぜん、念頭に無かったですね。 二人でそろそろと空いた席を見つけて、音をたてないようにそ~っと座ると、ようやくホッとして映画の画面と歌声の方に気が向きました。 映像は丁度、一人のセーラー服の少年が両手を上げているところでしたが、それを見た時に、学校から帰る途中のどこか街角の塀だか壁だかに貼ってあった、この映画の広告の場面だとわかりました。 解らない言葉でしゃべる外国の知らない少年達なんかには全然興味がなかったのです。それに「あの手を上げた少年はきっと狂っていて助けを求めているんだ」と、すっかりそう思い込んでいたので、きっと怖い映画だから見ないで帰ろうと決めて席に着いたのでした。(ギャハハハ、馬鹿めが。) でも、目に映る大きな場面は、なんだか宮殿のようなすごい立派な黄金のホールで、物々しく正装したオーケストラの人達と、ものすごくきれいな澄んだ声で歌う男の子たちがいて。 この記事へのコメントあの狂った少年が彼らの前に立って、両手でなんともカッコよく指揮をしているのでした。 なにかの綺麗な曲が終わって会場のおじさんおばさんが(観客が日本みたいに女の子ばっかり、なんていう画面じゃなかったものね)すごい拍手を送ると、そのセーラー服の男の子は振り返って、何となく恥ずかしそうな表情でお辞儀をするのです。 あれ、あの子、狂ってたんじゃなかったんだ。リーダー格でかっこいいし、それに照れ臭そうなあの目付きが何だかちょっと気に掛かりそうな感じだなァと、その少年にほんのちょっとだけ胸がキュン。 ”この映画、怖くなさそうだし、じゃぁ、ついでに見て帰ろうっと” 人生の荒波を知らない思春期の少女のその気軽さが、その一生にどんなに大きな影響を与えたか、いったいあの時にほんの少しでも考えたことがあったでしょうか。 その映画は少年合唱団の歌う軽やかな皇帝円舞曲を背景音楽にして、川を渡り谷を越えウィーンへと向かう列車の画面から始まりました。 白い雲に映える赤い屋根の建物や古い石畳みの道路、品の良い寄宿舎の窓から見える夕方の紺青の空の色、広い校庭の青々とした大きな樫の木や緑の芝生、 (これぞ私の頭の中で固定している少年達の遊び場です。) 青空に映える大きな木の下で屈託なく走り回る少年達、白い宮殿の前に止まる小型バスから降りるセーラー服の団員達、そしてあの美しい歌声を持つ横分けの髪の礼儀正しい少年達。 伝統ある教会に響き渡る荘厳ミサのソプラノの清らかさ。 全てはみなシバより 動画は貼れませんがここで見れます。 もう、私の脳内はこのミサのソプラノで爆発寸前でしたっけ・・・ (この前列にいる金髪の男の子が主役の子の歌声の吹き替えをしていました。 名前はフェルディナント・シルハネク、1949年生まれの当時12歳。) それらがすべて美しい印象となって、画面の変わる毎にずんずんと全身に沁みこんで行きました。 深い感動は帰宅してからも追いかけてきました。 あの寄宿舎に住む外国の綺麗な男の子達の事が、気に掛かって、気に掛かって仕方ない。私と歳が変わらないのに、何であの子たちはあんなに落ち着いて、大人びているのだろう。 次の日は他の事に気が向くと思ったのに、またあの少年達の事を想う。 ここからずっと遠くの街に、あんなに済んだ美しい声で歌う少年達がいる。 白い宮殿に住むセーラー服のきれいな少年達がいる。 横分けの明るい髪をした上品な仕草の少年達がいる。 その街の名はウィ―ン、少年達のいるウィ―ン きれいな響きのウィ―ン このころ、あの映画を見た、どんなに多くの日本の少女達が、私と同じ音楽の都ウィ―ンへの憧れの気持ちを抱いていたことでしょうか--------- そしてその切ないほどのウィーンへの憧れは、繰り返し映画を見るたびに大きくなるばかり。 初めはペーター役のショーン・スカリーが気になる少年でしたが、私のクラスの美人がファンになってプロマイドをもらったのですぐにやめた。 トニー君は可愛いけれど弟みたいで止めた。 ペーターの友達のファディ―も気になったけれど役者はねぇ。 1961年当時 20??年現在 けれど一番気になったのがこの丸の中にいるヨゼフ君なのです。 映画のオペレッタではミッチーに振られる伊達男の役でした。 この映画は1961年の夏に撮影されたもので、それまでウィーン少年合唱団の制服にはこのようにオーストリアのワッペンが付いていませんでした。 で、なぜ青きドナウがウソなのかって?(もういいってば) 簡単に言うとドナウ川は青くないからなのです。 でもその頃はテレビは白黒だし、ネットなど無かったし外国の事など全く興味が無くて知らなかったので、ディズニーのアニメのようにドナウは青い川なのかと思っていました。 何しろあの映画は12回も見に行きましたから、ついには余裕でミスった場面を見つけてはクラスのファン友に話して有頂天になっていました。 アメリカ演奏帰りの団員達が、なぜわざわざチロルからの列車に乗って戻ってくる? (演出効果を狙ったからじゃん) 歌う主人公達の声は吹き替えだった。(あたりまえでしょ) オーストリアではドイツ語が話されるのに映画では幾つかのドイツ語の歌が英語になっていた(あたりまえって言ってるでしょ) 教会のミサで彼らは普段祭壇の前では歌わない(そういう事もあるの) そしてシャンデリアのあるホールの階段からヨゼフ少年が続けて2度下りてきた。(映画ではよくあることなの) そんなくだらない事でも少年達に近づけた気になって狂喜していました。 ・・・・など、大人になってしまった今思うと、この思春期のガキンチョが考える事は全くどうでもいいことばっかりなんですよね。 それでもあのころの新鮮でナイーヴな心が今では愛おしい。 ミスって言えばね、見つけたのですよ、これ。 この映画で歌われた「全てはサバより」の素晴らしいミサです。 フロシャウワー指揮、ウィーン少年合唱団、コルスヴィエネンシス、プラシド・ドミンゴの共演で1979年に録音されたアルバムに入っています。 レコードのカバーは正常ですが、CDのカバー写真が反対になっていて、団員の制服のワッペンが右についているのをウィーン少年合唱団がYou Tubeにあげているのだから情けない。 せめて写真はレコードのを使ってくれたらよかったのにね。 それに何時も消されていた英語の青きドナウの場面を一つ見つけました。 トニーが入団試験で野ばらを歌う場面です。 私は見れるけれど日本ではどうかな。 ちなみにこの少年を演じたヴィンセント・ウィンターは51歳の若さで心筋梗塞の為に亡くなっております。 このトニーの歌声を受け持ったフェルディナント君は11歳の頃からフランツ・シューベルトの大ファンで、ある日、色の褪せた古い楽面を探し出し、それをみんなには紛失していたシューベルトの作品だと思わせようとして音符を書き込んだのですが、10小節で終わってしまいました、と地方新聞の記事に笑いながら答えていらしたそうです。 後にシルハネック氏は、ドイツ・バイエルン州の音楽学校で声楽の指導をなさっていらっしゃいました。 長老純爺 2013年04月26日 12:05 はじめまして 私のブログに訪問して下さりありがとうございます。 ブログの写真で利用できるものがあればどんどん使用してください。 映画『青きドナウ』のDVD、まだ入手しておりません。と言うより、全然忘れていました。思い出させていただきありがとうございます。 『ピーターパン』と二本立てだったとか、冒頭のシーンを覚えているとか、凄い記憶力ですね。脱帽です!!!! 返信の意味で、30日(火)に私のブログに感想を書くつもりです。時間があれば覗いてみてください。 PONKO310さん流に言うと、私は64年組のファンです。 ponko310 2013年04月26日 17:56 長老純爺様 ブログ、読んで下さって有難うございます!! 嬉しいですねぇ、64年組の仲間が増えて! 私の周りには誰もいませんので、嬉しい!! もう、アンティックな思い出なんですが美しき若き時代の宝物ですよ。 30日の記事、とても楽しみです。 生きがいが増えましたぁ。 映画「青きドナウ」ですがドイツで再放送された時は”親指下向き”の批評でした。 私にはど~でも良い事で自分で勝手にそのTVプログラムに”親指上向き+5つ星”付けました。 YUKARI 2013年12月08日 19:32 私が弟と初めて観に行った映画は「ネバ‐エンディングスト‐リ‐第二章?」だった事を思い出しました。 一生懸命働いてウィ‐ン旅行に行ってしまうponkoさん、すごい想いがあったんですね。 本当に乙女だと思いました。 続きが楽しみ♪ ponko31 2013年12月09日 01:38 YUKARIさん ネバーエンディング・・・その映画は子供たちとドイツで観ましたよ。 第1と第2があって、私は初めの方が印象に残りました。 ドイツ人の作者だったの知ってました? ミハエル・エンデと言う人で日本人の奥さんだったのですよ。 ボヌールちゃん 2016年10月03日 18:42 わたしのブログにコメントしていただいて、ありがとうございました。 ponkoさんから、コメント、いただくなんて! 感激です! 「青きドナウ」の映画について、話せる人がいらっしゃった、だなんて~しあわせです! 「青きドナウ」良かったですよね~! わたしにとっても、思春期の大切な大切な宝ものです。 ヴィンセント・ウインター君、素敵でしたよね。 わたし、恋してました。 51歳の若さで、亡くなっていただなんて~ショックです。 ponkoさんのブログ、素敵です! 一生懸命働いて、ウイーン旅行に行く~だなんて、ponkoさん、素敵です。 ドイツで、暮らしてらっしゃるんですか。 素敵な生き方をしてらっしゃるんですね! ponkoさん、これからもよろしくお願いします! ponko310 2016年10月03日 22:37 ボヌールちゃん お~~~!! 私のコメントに気が付いてくれてありがとう。 あなたの記事を見つけた時は本当に手をたたいて喜びました。 あの映画は青春のダイヤモンドでしたからね。 トニー少年は私もその純粋さに憧れましたよ。 特に、窓辺で数学の本を読んでいる場面がカッコ良かったな。 彼の成長したその後の映画が見つからないのが残念です。 きっと素敵な紳士になってたんでしょうね。 ボヌールちゃん、私の方こそ、これからもよろしくね。 ボヌールちゃん 2016年10月07日 17:32 ponkoさんに、やっとコメントできて~嬉しいです! この年になって、「青きドナウ」のことを話せる人が、いらっしゃっただなんて~夢にも思わなかったです。 しあわせです! 元気、出ましたよ~! ponko310 2016年10月07日 18:16 ボヌールちゃん 私も嬉しいですよ~~~ん。 私達は多分同じぐらいの年代なんだと思いますよ。 私の周りにはお茶を飲みながらあの頃のお話が出来るお友達が居ないのですが、こうやってネットでお知り合いになれておしゃべり出来ることがとっても幸せです。 他にも「青きドナウ」を好きな方がいらっしゃいますよ。 えりざべす 2018年01月13日 03:21 今夜ウィーンリングアンサンブルのコンサートへ行き、美しく青きドナウで感動の涙を流し帰宅…子供の頃に夢中になった映画を検索し探し回っていたらこちらを発見しました 大大大感動です! 忘れていた事なども思い出す事が出来感激しました ありがとうございました!♫꒰・‿・๑꒱ ponko310 2018年01月13日 08:32 えりざべすさん コメントをありがとう。 また新しいお仲間が増えそうで嬉しいです。 ひょっとしてウィーンにお住まいの方? 私のブログを見つけてくれてありがとう。 ここには思い出がいっぱい詰まっていますから、どうかおしゃべりに来てくださいね。 あの懐かしい青きドナウのワルツはいつまでも私たちの心を騒がせてくれるんですよね。 あなたがここにコメントを下っさって私も感動です。 mika 2018年02月11日 16:22 ponko様 ここにも「青きドナウ」が。そしてこの映画、私の一生も変えてしまうかもしれないほどの存在になりました。ponko様と同じ! 先日 日本のNHKのテレビ番組の中でヨハン シュトラウスの子孫と言う方が 「美しく青きドナウ」について話されていました。 ponko様がいっていらっしゃるようにドナウは青くもないし美しくもないと。そんなードナウは美しくって青くなきゃダメー。私が見た「青きドナウ」は美しくって青春の青そのものだったもの。 ワルツが合唱曲で歌詞が今ウィーン少が歌っているものと全く違うと知って、よーしそれなら私は映画の青きドナウが正しいかシュトラウスさんやponko様が言っていらっしゃるようなドロドロのドナウなのか いつか確かめに行きますよ! ponko310 2018年02月11日 22:37 mikaちゃん この映画のころの私はまだオーストリアがドイツ語を話す国だなんてことも知らなかったのです。 だから青きドナウはその名の通り青いと思っていました。 でも私の見たドナウは青くはなかったけれど、うふふ、ドロドロでもなくて静かに流れる西洋の美しい川の一つだと思いました。 遊覧船から見たドナウ下りの景色もそれは素敵でしたよ。 ドナウの上流はドイツ山地の黒い森に水源があるのですよ。 そして最後は黒海に注いでいます。 黒から始まって黒に終わるんだから青くなくてもわかる気がしないんでも無いけれどなぁ。 この「青きドナウ」があなたのこれからの人生に何か素晴らしい特別な思い出を作ってくれたら嬉しいですね。 Yuichann 2019年08月15日 10:42 Ponko さん 此方にもお邪魔させて下さい。 ヨゼフ君、笑顔が可愛い素敵な😍少年!多分あの少年だと思います? *兼高かおるさん*の世界の旅、WSKを取材した映像に出てきた様な? 「青きドナウ」本当に素敵な映画でした。英語版のビデオを昔買ったのですが、今、少々カビが付いている様な気もします。デッキがもう無いので見られません。此処で見られて嬉しいです😊。この映画がきっかけでウイーン少年合唱団のファンになりました。ショーンスカーリーのファンにもなりました!ウイーン少年合唱団=「青きドナウ」・ショーンスカーリーです。 ponko310 2019年08月15日 17:13 Yuichannさん いつでもだれでもどこに来ても歓迎ですから。 私も青きドナウで思春期が始まりました。 ヨゼフ君はあの演技で将来はアーティストになっています。 え~!!ビデオにカビが生えるくらい日本は湿気が多かったのですね。 私はまだビデオデッキを持っていますから、昔撮った動画が見られます。 青きドナウのドイツ語版のDVDも持っています。 あの感動した時の日本語版があったらいいですのにね。 トニー君の吹き替えの少年の声、まだ忘れていません。 彼が指揮者に「もちろんですとも」と言ったセリフを学校の先生に言ったら生意気な、と言われました。 私もショーンスカリーのファンになって乞食王子の映画を見ました。 でも、青きドナウのピーターの方が断然素敵でした。 Yuichann 2019年08月16日 17:40 Ponko さん 「乞食と王子」みました。私もピーター役の方が良かったです。英語版は勿論、本人の声ですよね。 昔、映画館で見た時はトニーが本当に歌っているのかなぁ?と思っていました。シルハネックさん本当に素敵な歌声でした!昔は、歌(唄)える子が多かった様に思えます。私個人の見解ですが…?ウイーンの少年達、流石、音楽の都育ちが沢山居たのですね!今は、ワールドになりましたが。 ponko310 2019年08月16日 19:11 Yuichannさん 私もトニーが野ばらを歌った時は、こんなに綺麗な歌声で歌える少年がこの世にいるのだと知って、もうあっけに取られたものでした。 もう、ウィーン少年合唱団はその頃の雲の上の憧れその物になってしまいましたよ。 よかったなぁ~、そんな憧れを抱きながら青空を見上げて自分が少年合唱団員になったつもりになって、意気揚々と道を歩いていた頃。 やっぱり餓鬼大将の気が抜けなくて、しとやかな女の子よりウィーンの少年になった気分の方が大きかったみたいです。 映画のトリックなどなぁ~んにも知らなくてホワホワしていた頃の純粋な憧れにまた憧れています。 ek 2019年09月24日 22:31 Ponko様 今日はまた一歩進みました。 あの頃(遠い昔 おさげ髪の女の子だった頃)学校から飛んで帰ってテレビの前に正座してドキドキしながら見た番組。 3時か4時位に始まる「洋画劇場」。記憶では数日間同じ物が続けていたような…。「野ばら」です。ウィーン少年合唱団への第一歩でした。そして、その熱は「青きドナウ」で高熱に。どんな良薬でも下げる事の出来ない熱です。未だに熱は下がらないんですから。 今日はPonkoさんと同じように、「ピーターパン」を見て、「青きドナウ」を見てみました。私が映画館で「青きドナウ」を見た時に同時上映が「ピーターパン」だったか覚えがないのです。 でも、今日はその時をPonkoさんバージョンで再現。 同じディズニーの作品。夢と希望の国へ誘うピーター。 それは、パン君ではなく、スカリー君が演じたピーターが、私を夢と希望の国へ誘ってくれた事を確信しました。 Ponkoさんが載せてくださったドイツ語版の「青きドナウ」。 全編ドイツ語で観たかったです。 あのセーラー服にはドイツ語が合う!ですよね? そして…64年。目の前のセーラー服は純白でした。正しく「天使達の歌声」でした。 そして、青きドナウはどんな色をしていようが、私には「美しく青きドナウ」です。 ponko310 2019年09月24日 23:46 ekさん あらら、今度の記事はまた青きドナウの思いでから始まるのですよ。 他のオールドもきっとあなたと同じことを思っていたのだと思います。 もちろん、私も例外ではありません。 洋画劇場も素敵でしたね。 私も野ばらやほがらかに鐘h鳴るを見ました。 でも日本のテレビで青きドナウをやったのは全然知りませんでした。 日本語でまた青きドナウを見たかったです。 nene 2020年09月15日 03:05 Ponkoさんの発言があまりに面白くて笑いが止まりません。きゃはは、少女時代から面白かったのでしょうね。ビデオがほとんど見れなくなっているのは残念ですね。昨日一緒に少しDVD見させていただきましたが昔は本当に素晴らしかったのですね。今度は一緒に最後までDVD鑑賞させてください! ponko310 2020年09月15日 07:08 neneさん そうなのです。 いつの間にか動画が消されていました。 せっかくの演出が台無しです。 このお部屋で楽しく笑えてよかったですね。 でも、本当に楽しい思い出でした。 今は二本上映の映画なんて無いですよね。 もったいぶって、一本しか見せないなんてね。 私の持っているドイツ語版の「青きドナウ」を一緒に見れるチャンスはいつでも! nene 2020年09月18日 04:43 私が子供のころはまだ2本立ての映画ってありましたね。昔は映画ブームでしたものね。でも最近は1本が通常のような。ドイツでも1本上映ですよね。わ~、楽しみすぎる。またあの昔のウィーン少年合唱団のソリスト君の素晴らしい歌声を聞きたいです! ponko310 2020年09月18日 17:39 neneさん 日本語で見た青きドナウは本当に感動そのものでした。 でも、日本語版の青きドナウは無いみたいですよ。 私は日本語の吹き替えの少年達の声が大好きでした。 本来は英語で話しているのですが、ドイツ語版だと、俳優の少年以外は本物のWSKの声なのかな。 ちょっと気になり出しました。 Yuichann 2021年04月15日 10:40 Ponko さん 再びこちらへお邪魔します。 晴れた日にレオポルトベルクから観ると碧く見えるみたいですね。私が見たドナウ川はやっぱりPonkoさんが見たドナウ川と同じでした。歴史的に観ると青いのでしょうね?鉄橋(石の橋)を渡って列車がどんどんウィーン西駅へ近づくシーン本当に素敵ですね。私はその逆でウィーン西駅から同じ様な列車に乗りパリまで行き飛行機乗り継ぎ成田へ⋯。子どもの頃、映画の導入部分カイザーワルツのオブリガートのところはシャーリングでは⋯?と言うのを信じていました。シャーリングは61年当時まだ予備組で直接映画には関係していないらしいお話を耳にしました。記憶違いだったら御免なさい。64年組の人気は凄かったのでシャーリングだという噂も立つのですね。映画撮影は61年その年の秋に来日したランク隊のメンバーが出演していても不思議では無いですね。(Ponkoさんのブログの中で迷子になってこちらへやって来ました。) ponko310 2021年04月15日 18:30 Yuichannさん またこのお部屋に来てくれて嬉しいです。 青きドナウの事が書きたくてブログを立ち上げたのだもの。 もっとおしゃべりに来てくれるオールドの方がいるといいです。 この映画のお話はテンション上がりますよね。 この記事を読むと、中学生の自分に戻ってしまいます。 ブロ友さんのお蔭で、あの映画の団員達がなせウィーン西駅に帰って来たのかもわかりました。 そう言えばペンフレンドのウサギちゃんがアメリカから演奏旅行で戻った時も、カウボーイハットで西駅に立っている姿の写真でしたっけ。 61年に彼らが来日した時にビクター児童合唱団との交流があったのですが、その時にピヒラー君と言う少年と知り合ったファンが、2年後に青きドナウの映画を見て、自分のペンフレンドがいるのをとても喜んだと言う記事を読んだ記憶があります。二人は今もまだ交流を保っているそうです。
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