カテゴリ:◆人の心◆
ならば、いずれも同じ、尊きものなり。人は独りで生きるにあらず。 互いに支え、支えられ、互いに助け、助けられ、それにて人は多くを 学び、己の御魂(みたま)が独りにあらず、全てが縁にてつながるを知り、 さにて人の優しさに会い、人へも優しくなるを身に付く。優しさというは 同情ならず。相手の御魂の成長を、促すように導きて、相手の苦しみ、 悲しみを、共に感じて共有し、共に苦難を乗り越えて、そにて手に入る 喜びを、さらにもまして祝い合う。 人から人への優しさは、いずれは己に返るもの。他人も自分と同じと悟り、 この世の縁にて出会いしことも、神の意図ある結びと気付き、出会いを 歓び、奉(まつ)り合い、いかに親しく睦(むつ)び合い、いかに和やか、 穏やかに、相手を尊び、讃(たた)え奉るか。いさかうことなく、争うなく、 相手を許し、認め、受け容れ、互いの気持ちを沿わせ合い、無理に己を 抑えることなく、自然に我を引き、悠揚(ゆうよう)たり。 円満莞爾(かんじ)と温顔柔和に、言霊 優しく、慎ましく、その場を和め、 気を清め、心を癒し、光で満たす。さなる行い、存在こそが、人の至高の 優しさならん。
なれど人はそれぞれなり。全ての人が同じにあらず。明るく賑やか、元気な ことばで、人を勇ませ、励ますもあり。厳しく辛きことばにて、驕(おご)りや 迷いを祓うもあり。人の優しさ厳しさは、表裏の関係、一体ならん。 人それぞれの生い立ち、家族、心や体の状態により、常に変化し一様ならず。 そを鑑(かんが)みるも優しさならん。己の独善、押し付けは、偽善ばかりか 害悪なり。優しさ養う、そは修行。優しさ行なう、そもまた修行。 真の優しさ施すは、至難の技なれ、間違いもあり。なれど真の優しさを、 己の生のあるうちに、養い、育み、磨くべし。そこそは神の願いなり。 人の御魂の昇華のために、欠かせぬ人の徳性なるべし。生まれし時の赤子は 全て、己と他との別もなく、ただに己が中心なり。そこから人は平等に、 修行を始めて、年を経る。死をば迎えるその時までに、いかほど真の優しさを、 己の内に涵養(かんよう)せるか。そもまた一つの昇華の標(しるし)。己の生の 証ならん。さにて本日、優しさの意味の深さ、広さを教えたり。 優しさ、それは天性ならず。生きる生き方、そを映すもの。なれば心し、 よく生きるべし。さにて。
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最終更新日
2022.01.26 12:34:43
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