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もともと私がエイズに関心を持ったのはこういう内訳。
人身売買や望まないsexを強要されるのってなんって苦痛な出来事なんだろう。 →sex workerの存在。 自発的にやる人、拉致されて監禁されて強要される人、あきらめや皮肉を抱えて自分の精神状態と戦いながらやってる人。 →使い捨てされる労働力。「現代奴隷制」という本の中で。”昔の黒人奴隷は牛や馬のように思われていたけれども、まだ、生きさせてもらうことができた。彼らは高い金を払って買い取った貴重な労働力であり、子供が生まれればタダで労働力が増えたと喜ばれ、育ててもらうことが出来た。歳をとって使い物にならなくなっても生きさせてもらうことは出来た。でも、現代は違う。労働力の潜在プールはいくらでもあり、一番働き時の子を使い、その子が病気になったら簡単にその子を捨てて新しい子を探せばいい。なぜなら、グローバルに拡大した市場の中で、ちょっといい話を持ちかければ乗ってくる、富からあぶれ、生きるのに必死な人達はいくらでもいるからだ。” →エイズ。sex workerをして、病気を持ち、捨てられ、後は死を待つのみの人。 残酷だと思った。このローテーション。 私はsexなんて全然興味ないし、そんなことしたいとも思わない。性描写は一切受け付けないし、映画とかで女性の”体当たり熱演”をみると、「あぁ、あの人、やらされてるんだな~ほんとは心で泣いてるんだな~」という気分になる。私は完全に蚊帳の外だった。 エイズ。私はsexしなけりゃいいや~と思ってるし、幸い血も健康。sexが子孫を残すためのものであるなら、何で同性愛者もそういうことするんだろうと思う。一番最初から明白だと思うけど、これは私の主観的感情に基づいた意見であり、私こそがこの問題を社会の闇に葬り、心で差別をする張本人だと思った。 じゃあ私は一体何をしたいんだろう?何でこんな選択をしたんだろう? 理想と理念と知識収集だけでここまで来た。 でも、今、ただ言えるのは、たくさんの人のなかには、やっぱりsex嫌!最大限の苦痛!って思う人もいて、でも逃げ出せなくて、かかって、絶望と戦っている人もいる。 そんな人の心を私が受け止めることが出来るだろうか。性産業にかかわる人は一方で自殺願望とか、人間の一番醜い感情を知っている人も多いという。無理やりな人はもうあきらめと絶望の色濃く、すさんでいて、彼女たちの精神セラピーは本当に重要だけど難しいと言う。 私は男を狼と感じたことないし、修羅場をくぐったこともない。超”箱入り娘”。一皮向けないといけないな~。まずは”Living Together”のレベルまで。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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