学生に受ける意外な英語の授業
昨日のブログで「ベーシック・イングリッシュ」のお話をしましたが、興味を持たれる方もいらっしゃるようなので、今日の本題に入る前に、少しその補遺を。 ベーシック・イングリッシュというのは、名詞を中心にした英語の発話法であって、そのため、使用が認められている動詞の数は、わずかに16個(come, get, give, go, keep, let, make, put, seem, take, be ,do, have, say, see, send)しかありません。よって、ベーシックを使って何かものを言うときは、これらの動詞に何か名詞をくっつけて発話せざるを得ないことが多いんです。 たとえばベーシック・イングリッシュで使う850語の中には「sleep(眠る)」という動詞はありません。ですから、「昨日はよく眠れましたか?」と尋ねる場合、Did you sleep well? とは言えません。この場合、sleep は動詞になってしまいますから。では、同じ事を尋ねるのにベーシックでは何というかといいますと、Did you have a good sleep? というんです。この場合「sleep」は名詞ですが、名詞としての「sleep(眠ること)」は850語のリストに含まれているんですね。つまりsleep を名詞として使い、have という動詞と組み合わせ、「動詞+名詞」でものを言うわけですよ。 で、こういうことを言いますと、「sleep なんて動詞は誰でも知っているのだから、それを敢えて名詞として使うことはないではないか」という批判がなされるわけ。なるほど、そうかも知れません。 しかし、Did you sleep well? と Did you have a good sleep? では、後者の方が断然英語っぽいです。それは、両者を発音して比べるとよく分かる。前者は「ディ ジュー スリープ ウェル」ですから、「強・弱・強・強」でもう終わってしまう。対して後者は「ディ ジュー ハヴ ア グッ スリープ」ですから、「強・弱・強・弱・強・強」となって、「強・弱」のリズムがそれだけ長く続くわけ。この息の長い「強・弱」のリズムこそ英語本来のリズムなのですが、動詞と名詞を組み合わせるベーシック・イングリッシュのやり方だと、このリズムが作り易いんです。昨日の例に挙げた「Sit down.」だって、「強・強」で終わってしまいますが、「Have a seat.」なら「強・弱・強」となって、リズムが生まれますからね。 また、ベーシック・イングリッシュを学ぶと、いかに英語が「人やモノが移動したり、ある空間に留まっていたりする言語」であるかがよく分かります。「いい英語」というのは、大抵、モノが空間を移動したり、誰かがある空間に留まったりする英語なんですね。「人は誰でもいつかは死ぬんだ」と言うときも、「Everyone of us dies someday.」なんて言うより、「Death comes to everyone of us someday.」なんて言った方がカッコいい。後者は「死」というものが、空間を移動して我々のもとにやってくるイメージがあるじゃないですか。また「ジョンはメアリのことを愛している」なんて言うときも、「John loves Mary.」じゃ、いかにもつまらないですけど、「John is in love with Mary.」なんて言うと、英語っぽい感じがします。後者は「ジョンがメアリと共に、愛のただ中にいる」という感じで、二人がある空間に留まっていることを表していますから。 とまあ、ベーシック・イングリッシュのことを語り出すとさらに長くなるので、この辺で止めますが、もし興味がある方は、以下の参考書をお薦めいたします。英語に対する新しい認識が得られると思いますよ。これこれ! ↓自信をもって英作文を教える書き・話す英語のキーワード850 さて、ここから今日の本題。 先日もお話しましたように、私、この度、とある英語教育関連のシンポジウムの立案に携わることになり、それでついこの間、そのための会議に出席してきたんです。で、その際、その場に居合わせた色々な大学の英語の先生方と雑談になり、大学での英語の授業って、何やっていいか分からないので大変だよね、ってな話になったわけ。 で、その流れで、出席者同士互いに「今、自分がどんな授業をやっているか」、あるいは「どういう授業をやると、学生に受けがいいか」という話をし出したのですが、それを聞いていて、へえー、と思うことが一つありました。ある先生が、自分の英語関連の授業で一番学生受けがいいのは、「英文法」の授業だ、とおっしゃったんです。 ひゃー! 英・文・法・・・。今どき!? 私の勤務先の大学で「今年度は、英文法をやりまーす」なんて言ったら、学生たちから総スカンですよ。学生たちは、何はともあれ「楽しい英語」の授業を期待しているので、英文法なんかやったら、授業アンケートを通じて「釈迦楽先生、首にして下さい」なんて大学側にチクられてしまう・・・。 で、さらにびっくりしたのは、その先生が授業で使われている教科書です。ナント! 江川泰一郎という人の書いた『英文法解説』という本を使っているというのですが、この『英文法解説』というのは、私の父親がまだ若かった時分から使われてきた学校英文法のバイブルで、その黄色い表紙を見ただけで、泣く子もひきつけを起こす、というようなツワモノです。 で、私が「そんな気絶しそうな本を学生に読ませて、よく文句を言われませんね」と言うと、当の先生曰く、ポイントは「みっちりやる」こと、なんだそうで。とにかく、みっちり、きっちり、重箱の隅をつつくようにやる。しかも、相当なスピードでどんどんやる。学生が悲鳴を上げるまでやる。 そうやって、さんざん学生を泣かした挙げ句、授業の最後にアンケートをとると、「何か、すごく勉強した気になりましたー!」という感想が大部分で、とにかく圧倒的に好評なんだとか・・・。 で、その先生がおっしゃるには、「要するにね、学生は授業に『充実感』を求めておるのだよ。内容もメソッドも関係ない。だから、文法だろうと訳読だろうと、とにかく、みっちり、きっちりやって、『あー、何だか勉強したな』という気にさせてやればいいんだ。何をやるにしても、教員が熱意を込めてやれば、通じる」とのこと。 でまた、その先生のおっしゃったことに反応して、周囲にいた先生方の大部分が、「そうそう、学生が期待しているものなんか気にせず、文法でも訳読でも、とにかく自分のやりたいことやって、それで学生をぎゅーぎゅー絞り上げれば、絶対受けるんだよね」と異口同音におっしゃったものだから、ますますびっくり。 そ、そうでしたか・・・。メソッドなんてどうでもいい、と・・・。 かくして、英語教育にメソッドを求めてきた私の前に、意外な答えが置かれたのでした。そうか、答えは「充実感」だったんだ。 そうなの、かも、ね。 とまあ、ここまでずーっと考えてきた問題に一瞬でケリをつけてしまうような、意外に単純な答えを前にして、いささか拍子抜けしていうワタクシなのでありました。 さて、何だか「尻すぼみ」みたいな結論的仮説が飛び出したわけですが、ここ数日続けてきた英語教育に関するブログは、とりあえずこれでおしまいです。賛否両論、色々あるでしょうが、私だって別に、何かとっておきの答えを用意しているわけでもなし、どっちにしろ尻すぼみで終わらざるを得ない話題なのでね。ま、今後も折りがあれば、またこの話題に戻ってくることもありましょう。ということで、ペンディングのまま終わりますが、ここまで読まれた方、もしご意見などがありましたら、お聞かせ下さいねー!