新元良一著『同時代文学の語り部たち』を読む
新元良一さんという方が書かれた『One author, One book:同時代文学の語り部たち』という本を読了しました。 これ、アメリカ文学の翻訳家でライターの新元さんが、(主としてアメリカの)現代作家27人に対してインタヴューを試み、そこで引き出した彼らの肉声を、彼らの実際の小説作品の解説と合わせて紹介していく、という趣向の本なんです。どこかの雑誌に4年間にわたって掲載したものを、一冊の本にまとめたみたいですけどね。 で、この本に登場してくるアメリカ作家の面々がこれまた豪華版でして、『ガープの世界』のジョン・アーヴィング、『アメリカン・サイコ』のブレット・イーストン・エリス、『王国と権力』のゲイ・タリーズ、『フロベールの鸚鵡』のジュリアン・バーンズ、『キャッチ=22』のジョーゼフ・ヘラー、『この世を離れて』のラッセル・バンクス、それから日本代表としては『ねじまき鳥クロニクル』の村上春樹などなど、錚々たる面々です。 連載当時、新元さんはニューヨーク在住だったようで、その立場をフルに活かしたような企画ですけれど、これだけ有名どころの作家たちに実際に会ってインタヴューすることが出来たのですから、羨ましい限りです。それにしてもアメリカの作家ってのは、案外この種のインタヴューに気楽に応じてくれるのでしょうかね? で、これだけ有名どころのインタヴューを交えているのだから、当然、この本は面白い・・・か、と言いますと・・・、うーん、微妙~! ま、面白くなくはないですよ、そりゃ。それぞれの作家が、自分の小説執筆への取り組みだとか、書き方だとかについてフランクに語っていて、なるほど、と思わされることは多かったですし、また紹介されている27人の作家の中には私が読んだことのない作家も随分いますので、その意味でも勉強になります。 しかし・・・なんと言いますか、書いている新元さんの個性と言いますか、文体と言いますか、そちらの方がどうも味わいが希薄なもので、さらさらとした水を飲んでいるような感じで、どうも手応えがないんですよね。心に引っ掛かるものがない、というのかな。 「愛とは、引っ掛かる釘である」みたいなこと、中島らもさんも言ってませんでしたっけ? なんかどうも、すんなり流せない、どこか心に引っ掛かかってくる、そういうような思いを抱かせる相手こそ、あなたの愛の対象だ、みたいな・・・。 ま、その伝で行きますと、この新元さんの本も、これだけ錚々たるメンバーにインタヴューをした、その莫大な財産を元手に書かれている割には、読者の心に引っ掛かってこないんだよな~。短い連載記事を集めているから、どうしてもそうなっちゃうのかも知れませんが・・・。 なーんて生意気なことを言ってしまいましたけど、それでも先に言いましたように、決して面白くない本ではありません。特にアメリカ現代小説に興味のある方にとっては、とても興味深く読める本ではありますので、その意味では、おすすめ!です。村上春樹のインタヴューも載っていますから、ハルキ・ファンも必読ですよ~。 ちなみに・・・新元さんがインタヴューをしている27人の作家のうち、実は一人だけ、私も会ったことがある人がいます。『彷徨う日々』のスティーヴ・エリクソンという作家です。もう今から10年くらい前になるんですが、エリクソンが名古屋に来たことがあって、その時、彼は私の家に泊まったんです。その頃は私も独り暮らしでしたから、男二人、差し向かいで一晩過ごさなくてはならなかったんですが、このエリクソンという奴がやたらに寡黙な奴で、こちらが黙っている限りずーっと沈黙が流れることになり、やりにくいったらありませんでした。また相当な気分屋でもあって、何か不愉快なことがあるとすぐ顔に出す奴でしたから、もてなすにも往生しましたわ。 そんな気難しく寡黙なエリクソンから、かなりの量の発言を引き出しているのですから、新元さんはやっぱり大したものです。その点でも、私は大いに感心しているのでございます。 これこれ! ↓ One author,one book. ただ、もう一言だけ生意気なことを言いますと、この本のどこを見ても著者についての紹介が載っていないんですが、それはちょいと不都合じゃありませんかね。大体「新元」という著者の苗字だって、なんて読むのか、よく分からないじゃないですか(実際には「にいもと」と読むのですが)。それに、新元さんが何歳なのかも分かりゃしない。 どんな種類の本でもそうですが、著者が何歳なのか、というのは非常に重要な情報です。というのも、ある意見を著者が主張している場合、25歳の人がそう言っているのか、40歳の人がそう言っているのか、それとも70歳の人がそう言っているのかによって、それぞれニュアンスが異なってくるからです。「所詮この世は金次第だ」という言葉だって、25歳の人が言ったとしたら、「こいつは馬鹿か」という気がしますし、同じことを70歳の人が言ったとしたら、「そんなもんかな」という気がします。ですから、新元さんの年齢にしたって、この本の価値を左右する重要なファクターなんですよ。それが載っていないというのは、新元さんの責任なのか、出版社の責任なのか分かりませんが、どっちにしても重大な欠陥です。この点については、猛省を促しておきましょう。