40年前のベストセラー『人形の谷』を読む
めちゃくちゃ後味の悪い本、読んじゃいました・・・。ジャクリーン・スーザンという作家の『人形の谷間』(Valley of the Dolls, 1966)という大ベストセラーなんですが。 この小説、端的に言えば「芸能界に関わる3人の美女をめぐる物語」ということになりますかね。 まずはアニー。堅苦しい道徳に縛られた田舎町ローレンスヴィルでの暮らしを忌避してNYに出てきたアニーは、とある芸能プロダクションに職を得、そこで社長の片腕であり、第2次大戦から復員してきたばかりのライオン・バークと出会います。アニーはたちまち彼に惹かれるものの、何せ田舎から出てきたばかりで、まだ憧れのNYの何たるかも知らぬうちに自分の将来を決めることもためらわれ、彼女は大いに迷うことに。しかし、そうこうしているうちにアニーの美貌と上品さに惹かれた大富豪の息子アレンから強引に結婚を申し込まれた彼女は、逆に自分が本当に愛せるのはライオンだけだと確信し、アレンとの婚約を破棄してライオンを選ぶことを決意する。 ところが当のライオンは芸能プロダクションの仕事に復帰することが果たして自分のすべき仕事なのか大いに悩むところがあり、結局アニーと仕事を放棄してイギリスへ移住、そこで作家への道を目指すことに。かくして失意のアニーは、いつの日かライオンが自分のもとに戻ってくれることを夢見つつ、意に沿わぬながらも化粧品会社のモデル業を始め、有名になって行きます。 この小説に登場する二人目の女性はジェニファー・ノース。彼女はアニーとは対照的に貧しい家庭の出身。辛うじてヨーロッパへの留学を果たすも、途中で学資が尽きて、アメリカへ帰らなければならなくなるんですが、そこで同級生の富豪の娘と親しくなり、彼女の同性愛のパートナーとなることで、留学を続けることが可能となる。ま、その時点からしてジェニファーは己の美貌を切り売りすることで険しい人生を乗り切っていく術を手に入れてしまうわけ。その後、金目当てでヨーロッパ貴族と結婚するも、その貴族が既に没落していて、財産などゼロに等しいことを知り、あっさり離婚します。 その後彼女は芸能界入りするものの、演技や歌の才能はなく、ただ美貌と身体の美しさだけを売り物にする2流止まりの芸能人という立場にある。しかし、ジェニファーとしては芸能人としての名声など眼中になく、ただ結婚して母となり、安定した生活がしたいだけなんですな。で、彼女はその美貌とスタイルにものを言わせ、当時人気絶頂だった歌手トニーを捕まえて彼と結婚することに成功、ついに彼女の子供の頃からの夢を実現したかに見えた・・・。 ・・・わけなんですが、トニーのマネージャーを勤めていた実姉の巧妙なマネージメントによってごまかされていたものの、実はトニーというのは歌う才能しかない白痴だったんです。ジェニファーは絶望し、またトニーの秘密を守ろうと必死の義姉との攻防にも疲れて、二人の間にできた子供を中絶し、離婚に同意する。この頃から彼女は睡眠薬(この小説の中では「人形」と形容される)に頼るようになってしまう。 さて、三人目の女性ニーリー・オハラは、アニーやジェニファーとは異なり、抜群の歌唱センスに恵まれた天性のスター。彼女に必要だったのはほんの少しのきっかけだったのですが、たまたまNYに出てきたばかりのアニーと安アパートの隣部屋だったことが幸いし、芸能プロダクション勤務のアニーのつてでNYのミュージカルのちょっとした役をもらうことに成功、それをきっかけにスターへの道を駆け上がっていくことになります。 しかし、スターの座は彼女にとって諸刃の刃となる。スターとしてちやほやされるに従って彼女のプライドは途方もないものに膨れ上がり、世界はすべて自分のためにあると思い込んでしまうわけ。とりわけブロードウェイからハリウッドに進出し、映画スターとなったニーリーは、まだ売れない頃に結婚した献身的な夫に三行半を突きつけ、大物プロデューサー、テッドと再婚してからは、彼女の傲慢さは留まることを知らなくなる。 そして、あまりに横柄となった彼女は、ちょっと気が乗らないと撮影現場にも現れなくなるようになり、映画制作会社に損害を与えるようになってしまう。やがて映画会社は彼女の首を切り、そして夫であるプロデューサーも若いスターの卵と浮気を始める始末。ニーリーの生活はバラバラになり、ジェニファー同様、大量の人形(=睡眠薬)に頼らなければ眠れないようになってしまう。かくして、結局結婚生活は破綻、唯一の友であるアニーの下に逃げ帰ってくるのですが、そこでも生活の破綻は収まらず、ついにアニーが費用を支払う形で精神病院に長期入院することになる。 その頃アニーは、ライオンを半ば諦め、自らが看板となっている化粧品会社の社長、初老のケビン・ギリアンの愛人としての生活を始めています。自分にはついに燃えるような恋愛の果ての結婚、なんてものはないのだろうという諦めの境地に入っていたんですな。ところがそこへ、ジェニファーが嬉しい知らせをもって飛び込んでくる。アニー同様失意のジェニファーだったのですが、ついに素晴らしい恋人を捕まえたんです。しかもそのお相手は大統領の座も狙えるほどの有力上院議員というのだから素晴らしい。 が、運命はジェニファーのために更なる試練を用意していた。もうすぐ二人の結婚の予定を公表しようという時になって、ジェニファーが乳ガンであることが発覚、自慢の乳房の全摘出以外に命を救う方法がないことが判明するんです。上院議員が自分に惹かれた一番大きな理由が、自分の乳房の美しさであることを知っていたジェニファーは、このことに絶望し、人形(=睡眠薬)によって自らの命を絶ってしまう。 一方友人を失ったアニーの生活にも変化が生じます。雑誌の取材でアメリカを訪れることになったライオンが彼女の前に姿を現すんですな。アニーはこの突然のライオンの再登場に動転しますが、すぐにやはりライオンしか自分は愛せないことを確信する。そして、ケビンとの激しいやりとりが続いた後、彼を捨ててライオンをとることを選択する。 ところがライオンというのがまたどうしようもない男で、束縛されるのが何よりも嫌いなんですな。彼は「愛というのは、与えるもので、乞うものではない」などと言いつつ、結婚して安定した生活をする、というアニーの単純な願いに応えようとはしない。 そこでアニーは一計を案ずるわけ。アニーの芸能プロダクション時代の上司であるヘンリー・ベラミーが、会社を売って引退するのを利用し、ベラミーの部下であったジョージとライオンが共同でこの会社を買い取ることにしては、と提案するんですな。で、ライオンはこのアニーのアイディアに乗り、芸能プロダクションの仕事に戻ります。もちろんそれだけの資産はないので、会社を買い取る金はベラミーに借りることにして・・・。そしてこれを期にイギリスを引き払い、アメリカに定住することになったライオンはアニーと結婚して一女をもうけます。 ところが、実はベラミーがライオンに貸した金というのが、本当はアニーの金だったということが後になってバレてしまうんですな。それを知ったライオンは、アニーの策略で、結婚という罠にはめられたと思い込み、二人の結婚生活に暗雲が垂れ込めます。しかも、再出発を切ったばかりの芸能プロダクションの最初の売り物として、精神病院を退院したばかりのニーリーを使ったのですが、そのニーリーが、親友アニーの夫であるライオンに横恋慕し始め、ライオンも半ば自分からニーリーとの浮気を始めてしまう。天国から地獄へ突き落とされたアニーは、ついにこの時、例の「人形」に手を出すことになる。 その後、あまりに横柄になり、要求の多くなったニーリーを持て余すようになったライオンは、ニーリーを捨て、形の上ではアニーと元の鞘に収まることになります。しかし、もはや二人の仲は以前のようなものではなくなってしまった。ライオンは再び自分の芸能プロダクションの若手スターと浮名を流すようになるのですが、アニーの方もライオンへの愛情が減ったために、そうした夫の行動を大目に見ることができるようになっていった・・・。 おしまい。 なんじゃ、そりゃ! って感じでしょ? でも、この小説、ペーパーバック版だけで1千万部超の大ベストセラーなんですよ~。 ま、芸能界の裏側が活写されていること、テレビというものが進出したことによる芸能界再編事情の描写、薬漬け・浮気だらけの芸能人のあり方や高級精神病院の実態の描出など、素人読者には興味津々の話題が扱われていることや、1966年という時代にしては赤裸々な性描写などの話題性も手伝ったことだろうと推察されますが、それにしても、ね・・・。 ま、一番、うう~っとくるのは、ライオンという男の役どころ。アメリカの小説って、どうしてこういう「才能あって、美形で、だけど結婚したがらず、ヒロインを泣かせてばっかりの男」というのばっかりなんだろう? 前に読んだ1955年の大ベストセラー『マージョリー・モーニングスター』のヒーロー、ノエル・エアマンというのも、ちょうどこんな感じの男でしたなあ。女一人幸せにできない男なんてサイテーだと私は思うんですけど、小説のヒーローとしては、そういうのが人気あるんでしょうか・・・。 ま、とにかく先日来、暇な時間にちょこちょこと読んできた長編小説をようやく読み終わって、すっきりしたような、すっきりしないような、ヘンな感じを味わっている今日のワタクシなのでした。わけ分からん!