安西徹雄著『英語の発想』を読む
安西徹雄さんが書かれた『英語の発想』(ちくま文庫・800円)という本を読了しましたので、心覚えを書き付けておきましょう。 っていうか、そもそもなんでこんな本を読んでいるかと申しますと、来年度の大学院の授業で「翻訳入門」的なことをやることになっているので、それのちょっとした準備のつもりなわけ。 というわけで、以下に書き付けることは、安西氏のご著書の内容の正確な反映ではありません。ただ単にワタクシにとって都合の良いように、あるいは、ワタクシの授業に役立つために書き付けているだけであって、正確でもないし、相当に大雑把なものになっております。その辺、誤解なきように斜め読みしてくださいね。 で、本書の内容を踏まえた上で、英語を日本語に翻訳する時のコツを列挙していきますと・・・○英語は「名詞中心言語」だが、日本語は「動詞中心言語」であるからして、英語では名詞で書いてあったとしても、日本語に直す時は、これを動詞に読みほどいてやったほうが自然な訳文を得られることが多い。例:The mere fact of looking different causes disdain, suspicion and ridicule. 悪い訳「そんなに違って見えるという単なる事実が、軽蔑、疑惑、そして嘲笑を生む」良い訳「ただ外見が違っているというだけで、人から馬鹿にされたり、怪しまれたり、嘲笑されたりしてしまうのである」例:The causes impels them to the separation.悪い訳「こうした原因が、彼らを独立に駆り立てる」良い訳「こうした原因によって、彼らは独立せざるを得なくなる」○上記例と重なるが、英語では「もの」を主語にした構文になっていても、日本語では人間を主体にした表現に変えた方がよい。例:A slight slip of the doctor's hand would have meant instant death for the patient.悪い訳「医者の手のほんのわずかの滑りが、患者のたちどころの死を意味したであろう」 良い訳「医者の手がほんのわずかに滑っても、患者はたちどころに死んでいたであろう」○日本語では、あえて主語を表に出す必要が無いことが多い。 例: I said it would be still better if we could have the two of them.悪い訳「私は、私たちがお二人をお迎えすることができればなお良いのですがと言った」良い訳「お揃いでいらしていただければなお結構ですと、お願いしたんですが」○英語では、重要事項が前の方で述べられるが、日本語に直す時は、重要事項を後ろに直した方がよい。例:It is inevitably the observer, and not the animal, that pays the comical part.悪い訳「喜劇的な役を演じるのは、観察している人間の方であって、動物ではない」良い訳「喜劇的な役を演じるのは、動物ではなく、むしろ人間の方なのである」○間接話法で書かれている英語を訳す時は、直接話法に直した方が良い場合が多い。例:She did all that she was told.悪い訳「彼女は、言われたことは全部しました」良い例「彼女は、しなさいと言われたことは全部しました」例:Everybody talked about her goodness.悪い訳「誰もが、彼女の善さについて話しました」良い訳「誰もが、あの娘はほんとにいい子だと噂しました」○英語は「動作主+動詞+目的語」の形をとることが多く、「何が、何に対して、何をするのか」を明確に打ち出す(=英語の「動作主性」)が、それを日本語にする時は「物事が自然にそうなる」といった体で訳すとうまく行くことが多い(=日本語の「情況論理的性格」)。英語の「する」に対して、日本語は「なる」。例:The smell of putrefying flesh struck his nostrils with a force that brought him back to the real world.悪い訳「鼻を衝く死臭が、彼を、現実世界に引き戻した」良い訳「鼻を衝く死臭は瀰漫していたので、そのために彼は否応なしに現実の世界へ呼び戻された」例:He heard the sound of the mountain.悪い訳「彼は山の音を聞いた」良い訳「彼に山の音が聞こえた」○英語の受動態は、日本語では能動態的に処理した方がいい場合が多いが、例外もある。 例:Lighthouses are often built on high rocks so that their lights can be seen by ships sailing far away from land.悪い訳「灯台は、はるか沖合を航行する船によって見られるように、しばしば高い岩の上に建てられる」良い訳「灯台は、はるか沖合を通る船からもよく見えるように、普通、高い岩の上に建てる」例外:The first modern Olympic games were held in Athens in 1896. 訳「最初の近代オリンピックは、1896年、アテネで開かれた」○逆に、英語の能動態を日本語に直す際、受け身的に訳した方がいい場合がある(=名詞を動詞構文に読みほどき、さらに「もの主語」を「人間主語」に書き換える作業をすると、必然的に日本文は「受け身」になってしまう)。 例:・・・(to dissolve) the political bands which have connected them with another・・・悪い訳「ある国民を他の国民と結びつけてきた政治的絆」良い訳「ある国民が政治的絆によって他の国に結び付けられてきた」○英語を日本語に直す際、過去形を現在形に直した方がいい場合もある。例:He thought he could detect a dripping of dew from leaf to leaf.悪い訳「彼は、木の葉から木の葉への夜露のしたたりを感知することができた」良い訳「木の葉から木の葉へ夜露の落ちるらしい音も聞こえる」 ま、ざっとこんなところかな? もちろん上に挙げたのは、「絶対そうすべき」ということではなく、コツとして、「こういう場合は、こうするとうまく行くことが多いよ」という程度に受け取っておけばいいわけですが、それでも、こういう知識を、頭の中に明確に意識して持っていると、随分違うと思うんですよね~。 また、これは英語を日本語に直す時のコツ、ということですけれども、こういう風に日本語と英語の違いの傾向を意識しておくと、逆に、日本語を英語に訳す時にも役立つんじゃないかと。 つまり、日本後では動詞を使って表現していることを、名詞表現に変えれば、英語に直しやすくなるっつーことですな。例えば「焦っていると、普段なら簡単にできることが、できなくなる」なんていう文だったら、まず「焦りが、私をして、普段なら簡単にできることをできなくさせる」みたいな文に変換してから英語に直すと、直しやすいだろうと。 ってなわけで、翻訳入門の授業のイントロダクションとして紹介する「心得」的なネタを、本書からゲットすることが出来たような気がして、何となく得した気分のワタクシなのでありました、とさ。 ま、全体的にちょっと古い感じはしますけれども、著者の真面目さがよく出た本ですので、日本語と英語の傾向、というようなことに興味のある方にはおすすめです。これこれ! ↓【送料無料】英語の発想価格:840円(税込、送料別)