文化の値段
今日は軽く正装してチェコ・フィル・ストリング・カルテットの演奏会を聴きに行ってきました。 このブログをお読みの方は、私がさほどクラシック音楽に詳しくないことはご存知かもしれませんし、また私がコンサートに頻繁に行く人間ではないということもご存じかもしれません。ま、その通りなんですけど、しかし、世界的に名高いオーケストラのコンサート・マスターを含む弦楽カルテットが我が町にやってきて、しかも全席2,000円という格安のチケットで聴けるとなれば、そりゃ話は別というものでございまして。 で、家から車で10分のところにある市民会館の大ホールで、演奏を聴いたのですが、そういう趣旨のコンサートのせいか、演奏する曲目がポピュラーなものばかり。たとえばモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」だとかアルビノーニの「アダージョ」、バッハの「G線上のアリア」にシューベルトの「アヴェ・マリア」、リストの「ラ・カンパネラ」にブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」、そしてビートルズの「ミシェル」にエリントンの「A列車で行こう」などなど、クラシックに詳しくなくとも誰もが知っているような曲がほとんど。休憩を挟む2部構成で、全20曲、そして演奏後、3度までアンコールに応えてくれたので、都合23曲を楽しむことができました。 演奏の良しあしというのは私のような素人には何とも言えず、私の耳にはどれも素晴らしかったとしか評せないのですけれど、曲目に関する個人的な好みとしては、バッハとかモーツァルトとか、バロックから古典の神がかった音楽が良かった一方、ロマン派・国民音楽ってのは、こう、人事っぽくてイマイチかなと。とりわけチャイコフスキーとかドヴォルザークって、田舎っぽいから嫌。他方、ビートルズの「ミッシェル」などのポピュラー音楽に関しては、かなり思い切ったアレンジがしてあって、まるで現代音楽のように仕立てられていて逆に新鮮でした。 それにしても弦楽器、とりわけヴァイオリンってのはヨーロッパ音楽の華だねぇ、って感じでしたね。音色が神々しい。 ところで、これだけの質のカルテットの演奏を2,000円で聴けたというのは、思い返すも素晴らしいことでありまして、何だかすごく得した気分・・・ ・・・なんですが、考えてみれば、この「2,000円」という程度の値段が、実は文化の適正価格なのではないか、とも思うんですよね。 有名どころのクラシックのコンサートとかだと、一番安い席でも8,000円から、A席S席とかになると1万円超になったりするじゃないですか。夫婦で行ったら3万円とかすぐに飛んでしまう。 それはちょっと「気軽に行ける」というレベルを超えているような気がするんですわ、庶民の感覚として。それじゃあ「普通の人」がそういう文化に触れられないということになるわけで、それは全然文化的じゃない。もちろん、私とて基本的には「いいものはお代を払って観る(聴く)べきだ」という意見ですが、その結果として、お金に余裕がある人じゃないとコンサートに行けないというのでは、元も子もないような気がする。 だからね、たとえば今回のように一律2,000円程度に抑えるというのも一つの手だし、あるいは、普段はS席1万5千円のコンサートでも、特定の日は全席2,000円にする(あるいはタダにする)などして、音楽を愛する誰もが、音楽に触れることのできる機会を作る、というのが「文化」のあるべき姿なのではないかと。 まあ、そんな風に思うものですから、今日のコンサートの「2,000円」というチケット代は、文化の値段として絶妙だなと思ったのでございます。そして、そういう機会を設けてくれた我が町と、そしてその値段で演奏を引き受けたチェコ・フィル・ストリング・カルテットの皆さんに、敬意を表したいと思うのです。