『安井かずみがいた時代』を読む
島崎今日子著『安井かずみがいた時代』を読了しましたので、心覚えを付けておきましょう。 安井かずみというのは、『わたしの城下町』『赤い風船』『危険なふたり』『よろしく哀愁』などのヒット曲の数々で知られる作詞家。そして後年、アーティストの加藤和彦と結婚し、1980年代を代表する「理想のカップル」として知られた人でもあります。 で、その安井かずみの幅広い交際の中で、インタビューに応じた人々(平尾昌晃、伊東ゆかり、中尾ミエ、園まり、コシノジュンコ、村井邦彦、ムッシュかまやつ、加瀬邦彦、金子國義、大宅映子、加藤タキ、玉村豊男、吉田拓郎、渡邊美佐をはじめ、錚々たる人々!)の証言を元にしながら、安井かずみという傑出した人物のありし日のことを再構築していくというスタイル。 裕福な中流階級の家庭に育ち、横浜のフェリスに通ったお嬢さん時代から始まって、藝大受験に失敗して、自由な校風で知られる文化学院に進学、そして当時ようやく流行り始めた洋楽の歌詞を訳す訳詞の仕事をバイト感覚で始めたのをきっかけに、作詞の才能が一気に開花、若くしてヒット曲を量産するようになる。そして、六本木のイタリアン・レストラン「キャンティ」での交友から、大金持ちの御曹司、新田ジョージと結婚した経緯、さらにその結婚生活が破たんし、さらにがむしゃらに作詞の仕事にまい進した後、運命の人・加藤和彦と出会い、時代をときめく理想のカップル、誰もが夢見るようなぜいたくな生活を享受し、またそれを発信していったことなどが、浮き彫りにされていきます。そして、その後、肺がんをわずらい、加藤和彦の献身的な看護もむなしく、55歳という若さで亡くなったことも。 55歳で亡くなるのを「早世」と言っていいものかどうか分かりませんが、とにかく、才気あふれた一人の女性が、華々しい人生を駆け抜けた、という、疾走感がよく伝わってきます。 しかし。 この本が何と言っても恐ろしいのは、安井かずみと加藤和彦の「理想のカップル」の結婚生活を云々している個所ですな。 この二人が、互いにとって、これ以上は望めないという組み合わせであったことは、おそらくまぎれもない事実なのでしょう。二人とも、才能豊かで、センスがよくて、ルックスもよくて、お金持ちで、互いのことを深く思い合って。しかし、ことはそれほど単純ではない。 まず二人の年齢差。安井かずみの方が7,8歳年上なんですな。だから、安井には、歳をとってふけることへの焦りがあった。特に更年期に入ってからは、一層その思いが強かったようで、それとともに嫉妬心も強まり、加藤和彦が他の女性と仕事上で付き合うことも嫌がったという。 また、収入面では、カラオケの発達で莫大な印税を得ていた安井の方がはるかに上。妻の方が夫より、はるかに収入が多いということが、果たして加藤和彦にどのような思いを抱かせていたのか。 そして、安井は意外に古風な感性の持ち主で、「妻たるもの、夫をたてるべき」という思いが強く、何かにつけて加藤をたててはいたものの、一方では年下の加藤に様々なことを教える立場にあり、またそうして彼を操縦したがった。つまり、甘えながら、言うなりにしていた。そして、そういう安井の強烈な「我」を受け入れる男でなければ、彼女と結婚することなど出来ないというところがあって、加藤はその役目を17年間にわたって受け入れて来た。 しかし、二人の世界を築き上げるためには犠牲が必要だった。独身時代、あれほど女同志の友情を大切にした安井は、その女友達との付き合いを捨てて加藤との濃密な生活に没頭し、さらに加藤の曲にしか作詞しないという形で、作詞の仕事も事実上放棄。他方、加藤は加藤で仕事や仕事仲間をなおざりにし、安井との生活を人生の第一義にした。 つまり、「理想のカップル」の内実は、なかなか余人には計り知れない闇を抱えていた、のかも知れない、というところがあるわけ。 でも、とにかく、この二人は、表向きは理想のカップルを演出し続けるんですな。加藤は仕事よりも妻重視で、音楽仲間から呆れられようが、夕食はかならず家にもどって安井ととった(しかも、夕食用に着替え、ネクタイ着用で!)し、とにかく可能な限りいつも一緒に居た。年に2回は海外でそれぞれ1カ月ほど暮らし、それも一流のホテルや別荘で暮らすというぜいたく三昧を続けたと。 そして、安井が末期がんに侵されていることが分かると、加藤はすべての仕事をキャンセルして、まる1年間、妻の看病にすべての時間を注ぎ込んだ。それも主治医ですら、おどろくほどの献身ぶりで。この間、二人はともにキリスト教に入信してもいます。 そして安井の死が訪れる。 キリスト教式葬儀でのお通夜で、「かずみは神の下に行ったのだから、悲しくはない。寂しくはなるだろうが」という名スピーチをし、列席の人々の涙を誘った加藤は、しかし、病院から安井の遺体を引き取ることを拒否し、葬儀までの4日間、それは病院の遺体安置所に置かれたまま。 そして葬儀が終わると、加藤は安井の服や思い出の品をすべてビニールのゴミ袋に入れて処分。家も改築し、安井との思い出の品をすべて破棄。そして、安井の死後1年経たないうちに別な女性と結婚し、安井の友人たちを憤慨させる一方、加藤の方でも安井かずみ関係の友人と完全に絶縁。 「安井とのことは、完全燃焼しましたから」とはいえ、最愛の人の死後、人はこういう行動をとれるものなのか・・・? しかし、別な女性との結婚は5年で破綻、その後、10年ほどして、加藤和彦は軽井沢にて自殺してしまう。安井の死後、安井のことは堅く口を閉ざして語らなかった男は、結局、その闇を残したまま、この世を去ってしまうんですな。 安井かずみと加藤和彦の結婚生活って、じゃあ、一体何だったの? そこには、あまりにも深い闇がありそうで、こわくて覗けもしないというね。 ということで、この本、安井かずみの疾走感のある一生を、強烈な光と闇とで浮かび上がらせた本、ということになるでしょうか。 その意味で、単なるミーハーな本ではなく、ある意味、非常に恐ろしい本でもある。私なんぞ、自分も男として、加藤和彦の心の闇に非常に興味がある。興味といってしまったら、失礼かもしれないけれど。 というわけで、この本、なかなか読みごたえがあります。教授のおすすめ!です。これこれ! ↓【楽天ブックスならいつでも送料無料】安井かずみがいた時代 [ 島崎今日子 ]価格:1,836円(税込、送料込)