島田潤一郎著『あしたから出版社』を読む
島田潤一郎さんの『あしたから出版社』という本を読了しましたので、心覚えを書きつけておきましょう。 島田さんというのは、社員一人、本人だけという出版社、夏葉社を起した方。その島田さんが、なぜに一人で出版社を作ったかという、半自叙伝ですな。 島田さんは、大学は商学部を選んで公認会計士になるつもりだったのに、途中から文学に狂い、作家を志すわけ。だけど、プロにはなれず挫折。バイトをしたり、旅行をしたり、その時はそれなりに理由があって色々な事をするのですが、三十代になって、いざ就職しようとすると、「文学を志してました」とか「人より本を沢山読んでます」では何の履歴にもならず、どこの会社にも就職できないことが判明すると。 つまり、一旦脇道にそれた人間は、主流に戻れないということを身をもって体験するわけ。 そんな時、兄弟のようにして育った従兄弟が事故で亡くなるんです。で、その喪失感は島田さん自身にとっても大きかったのですが、従兄弟の両親、つまり島田さんの叔父さん、叔母さんにとっては破壊的で、それがまた島田さんには非常に辛かった。 悲嘆にくれる叔父・叔母を慰めることはできないかと考えているうちに、島田さんはある詩に出会う。それは、100年位前にとあるイギリス人が愛する者を失った時に慰めにしたという詩だったのですが。 で、島田さんはその詩を本にして、叔父さん、叔母さんに手渡したいと考えた。これが島田さんが三十代になって、しかも出版のことなどろくに知らずに、自分一人の出版社を起ち上げることになる動機だったと。 そこからの島田さんは割と行動的で、親父さんから資本金を借り、事務所を借り、出版業を営む知人から一つ一つ教わりながら出版の仕事に取り掛かるんですな。 で、もちろん出版社を起こす動機となった詩の出版に早速、取り掛かるのですけど、それと同時進行で、アメリカのユダヤ系作家、バーナード・マラマッドの『レンブラントの帽子』という短篇集が、ずいぶん昔に集英社から出た後、ずっと絶版になっていたのを何とか復刊したいと考え、マラマッドの遺族や訳者の小島信夫・浜本武雄・井上謙治各氏(またはその遺族)、さらには集英社からも了承をとりつけ、それから装丁にはどうしても和田誠さんのイラストが欲しいということで、見ず知らずの和田さんの事務所に手紙を書いたりするなど、素人ならではの熱意と無謀さでもって、最終的に出版まで漕ぎ着けるんです。 この辺の経緯が、出版というものに興味のある私にとっては非常に面白いところでして。 とにかく、この『レンブラントの帽子』の出版を通じ、島田さんは出版というもののイロハを学びつつ、また素人でも出版ってできるんだ! という手応えも掴んでいく。 とはいえ、出版するのと、それを売って黒字を出すのでは大違いでありまして、島田さんも日本全国を飛び回り、それこそ手売りのようにして売り歩くわけ。で、その苦労はすべて報われるわけではないのですが、それでもその過程でまた色々な人脈も出来てくる。 そんな人脈の中から生れたのが、良い本でありながらずっと絶版になっていた関口良雄の『昔日の客』の復刊の仕事。日に当たると退色するので、普通なら嫌われるクロース装をあえて採用するなど、オリジナルの『昔日の客』の雰囲気を再現することに務めるなど、素人ならでは、小出版社ならではの試みを、やはり島田さんは押し通すんですな。 そしてそして、ついに夏葉社誕生のきっかけとなった詩の本、『さよならのあとで』も完成する。ただ、この本は、まだ島田さんにとっても、完全に納得できるものにはならなかったとのこと。 でも、それも良かったんじゃないですかね。そこで納得してしまったら、夏葉社の使命が終ってしまって、島田さんのモチベーションもそこで終ってしまったかもしれないし。 そして、今なお、夏葉社ならではの企画に従った本が、ぽつりぽつりとながら世に出ていると。 ちなみに、私はこの本を読むまで意識してませんでしたが、私、『昔日の客』とか『早く家へ帰りたい』など、夏葉社の本の何冊かを既に買って読んでいたという。これらの本の背後に、こういうストーリーがあったのか、というのがわかって、私には大変面白い本でした。小出版社を成功させるには、本好きならではの企画もの(例えば『冬の本』とか『本屋図鑑』など)と、本好きが欲しがる、しかし、つい忘れられがちな隠れた名著を復刻させることを同時並行でやればいいんだな、ってことも分かりましたしね。 あ、それからこの本には、亡くなった従兄弟を偲ぶ痛切な思い出の記の他にも、島田さんの青春時代の思い出、特に島田さんにとって何となく忘れ難い友人たちの思い出話が色々綴ってあって、それもなかなか面白いです。そこは元作家志望というだけあって。 また、同時にこの本は、一度社会のレールから逸れてしまってからでも、やりようによっては、自力で自分の居場所を作ることができるよ、というメッセージにもなっていて、そういう状況に悩んでいる人にとっては、応援歌になるんじゃないでしょうか。 というわけで、小出版社・夏葉社社主、島田潤一郎氏のライフ・ストーリー、教授のおすすめ!と言っておきましょう。また、夏葉社を応援すべく、同社の出版物も宣伝しておきましょうかね。これこれ! ↓【楽天ブックスならいつでも送料無料】あしたから出版社 [ 島田潤一郎 ]価格:1,620円(税込、送料込)【楽天ブックスならいつでも送料無料】早く家へ帰りたい [ 高階杞一 ]価格:1,944円(税込、送料込)【楽天ブックスならいつでも送料無料】昔日の客 [ 関口良雄 ]価格:2,376円(税込、送料込)