怒りのぼろきれ
ジョー・ヴィターリ著『人生で大切な「気づき」の法則』(原題:Life's Missing Instruction Manual: The Guidebook You Should Have Been Given at Birth, 2006)という本を読了しましたので、心覚えを。 これは・・・引き寄せ系の自己啓発本ではあるのですが・・・なんつーか、安易な本だね! もう、手慣れたライターなら一日で書けるよ。ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』は、企画から出版まで29年かかっていて、その間、500人以上の人の取材をした挙げ句の、ですから納得なんですけど、ヴィターリのこの本は、あまりにもお手軽過ぎる。 たとえば、「今すぐ幸せに」という項の全文はこんな感じ: あなたは今すぐに幸せになれます。 ええ、すぐにです。 どうするのかって? 幸せになる、と決めるのです。 それ以上、お金は必要ありません。 それ以上、やせる必要はありません。 それ以上、何も必要ありません。 ただこう言えばいいのです。「私は今すぐ幸せになる」 この秘密を知っている人はほとんどいません(この本を読んだみなさんは別ですが。) にっこり笑って下さい。幸せになるのです。 あなたが幸せでなければ、チャンスはあなたから逃げていきます。 これだけ。これで終わりだよ! このふわ〜っとした文章・・・これは何? こんなのを30か40書くのなんて、簡単よ。慣れれば一日で出来る。で、これに、多分アリゾナかどこかの荒涼とした風景とか、そういう印象的な写真をところどころにイメージ映像的に添えて、それで、一冊出来上がりって・・・。どうなの、それ? あと、「欲しがらなければ手に入る」という項で、「”欲しがり”は一種の中毒です。それにかかると、欲しいものはそれがなんであれ、あなたから遠ざかっていきます。生きていくなかで、あなたはそれを学ぶことになるでしょう。/欲しがることなく何かを求めれば、それを手にすることができます。」(166)と禅問答のようなことが書いてあって、「欲しがることなく求める」ってどうやるの?と思ったら、後の方の項にそのやり方が書いてあって、具体的には「○○があったらいいな、無くても死なないけど」と言えばいいのだと。 これが「欲しがらずに求める」究極の方法かいっ!? 単に、言い回しじゃん! だけど、ヴィターリ自身が本書の中で自慢しているように、ヴィターリの本は売れて売れて、BMWの高級車「645Ci」を注文したそうですからね。 で、しかもですよ、この本の中でヴィターリ本人が書いているのは半分くらいなもので、残りの半分は、色々な自己啓発ライターが寄稿した文章で成り立っているの。 まあね、自己啓発本というのはもともと他の(あるいはいにしえの)自己啓発ライターの引用文を多用するのが常道とはいえ、自分の本の半分くらいを他人に書かせるって、いくらなんでも安易過ぎないか? っていうか、印税の分配はどうなっているんだ? 寄稿した人の懐にも多少はおこぼれが行くのか? あ! それとも、あれかな? 自己啓発本のライターにはある種のクミアイがあって、クミアイ員同士、それぞれの本に寄稿しあって印税を分け合うシステムがあるのかな? それで互いにリスク回避しているのか? ま、とにかく、「あなたは・・・幸せになると決めるのです」みたいなことを書いて、BMWが買えるならいいよな〜。 というわけで、内容的には新しいこともないし、文章の寄せ集めだし、これに1600円出してヴィターリがBMWを買うのに資するってのはいささか腹立たしかったのですけれども、実は本書にも一箇所だけ面白い部分があった。それはヴィターリが書いているのではなくて、マーク・ジョイナーというライターが寄稿した「怒りのぼろきれ」という一項なんですが。 マークは昔、パンク・ロッカーだったんですけど、彼の地元に伝説の人物、トニー・ホスピタルというロッカーが居た。なんで「ホスピタル」という名前かというと、サーフィンやスケボーで無茶なことばっかりやって、やたらに病院に入院するはめになるからだそうで。 で、そのトニーがマークのところに髪の毛を切りにきた。パンク・ロッカーの過激な髪型ってのは、素人でも作り易いので、当時のパンク・ロッカーは互いに互いの髪の毛を切っていたんですな。 で、トニーはマークに、「rage(怒り)」という文字が浮き出るように髪を剃ってくれ、と頼んだわけ。で、マークはそれを引受けた。 ところがスペース配分を間違えて、「rag」と剃ったところで、もう剃る場所がなくなってしまった。「rag」って、「ぼろきれ」っていう意味ですから、「怒り」とは大違い。 それで、やばいことになった、伝説のパンク・ロッカーの頭に「ぼろきれ」って書いちゃったよ、と、マークはびびるのですけど、とにかくおそるおそるトニーに鏡を渡したんですな。殴られるのを覚悟で。 そしたらトニーは鏡を見てこう言った。「ぼろきれ。クールだぜ。ぼれきれねえ・・・」 そしてマークはこう書いています。「ほかの人間なら怒るなり戸惑うなりするところだが、トニーはあっさりそれを前向きにとらえてくれた。その瞬間のことは、いつ思い出しても私の胸を打つ。私はあのときの彼のように動じずにいることは一度だってできなかったし、内心の思いを抑えることもできなかったが、それでもそうなりたいと日々懸命に彼を見習おうとしてきた。」 だけど、トニーはこの後、ヘロイン中毒となり、彼の勧めで同じくヘロイン中毒となって死んだガールフレンドの後を追って、自殺してしまったんですって。マークは言います。「トニーがなぜあんなことになったのか、知ったふうな口はききたくない。あなたの人生にとって大事なのは、こんなことがあったと知っておくこと、それだけだ」と。 わずか2ページ分の小ストーリーですけど、この本全体の中で、この部分だけは可笑しくって、ちょっとしんみりして、非常に印象的でした。伝説のパンク・ロッカー、トニー、ちょっと実際に会ってみたいような気さえしますな。 ま、私がこの本に支払った1600円は、マークのこの文章のおかげで多少は元がとれた、というところでしょうか。 ところで、ジョー・ヴィターリよりもマーク・ジョイナーというライターに興味を持った私、調べるとマークの本は『オレなら、3秒で売るね!』というのが翻訳されているそうで。どうも、マークはパンク・ロックを卒業して、マーケティング方面のライターになったらしい。 で、さらに調べると、自己啓発本の中にマーケティングに進出しているのが沢山いるようで、「スピリチュアル・マーケティング」というジャンルが既に確立しているらしい。 スピリチュアル・マーケティングって、何だよ? 3000円の壺を10万円で売るとか、そういう奴か? もう、自己啓発本の世界は、私にすら理解不能なところまで行っちゃってるんだということが分かってきた今日このごろなのであります。【楽天ブックスならいつでも送料無料】人生で大切な「気づき」の法則 [ ジョー・ヴィターレ ]価格:1,728円(税込、送料込) 【中古】ビジネス ≪ビジネス≫ オレなら、3秒で売るね! / M・ジョイナー【P15Aug15】【画】...価格:1,320円(税込、送料別)