井伏鱒二
誰だったかが三浦哲郎の書いた『師・井伏鱒二の思い出』という本は面白いよ、と言っていたのを記憶していたので、つい買って読んでしまいました。師弟本というのは、私には非常に興味深いテーマであるもので。 で、この本は早稲田の学生で作家志望だった三浦哲郎氏が、同人誌に『遺書について』という短編を書いたら、それが井伏の目に止まり、井伏の弟子で早稲田の先生だった小沼丹に伴われて井伏宅に遊びにいくところから始まります。で、それ以来、井伏氏に可愛がられ、二十年に亘る師弟関係があったと。 といっても、井伏は無理やり三浦さんを自分の世界に引きこむのではなく、つかず離れず、仲のいい親戚の叔父さんみたいな感じで三浦さんを見守り、彼がいい作品を書けば自分のことのように喜び、生活苦に追われていると、そういう中でも少しずつ書き進めなさいとアドバイスし、三浦氏から遊びに行けば、自分の仕事をおいても適当に話し相手になり、時には三浦さんを道案内に、三浦氏の故郷である東北に遊び・・・といった感じの付き合いを続けたらしいんですな。 例えば三浦さんが『忍ぶ川』で芥川賞をとった時、たまたま旅先にあった井伏氏は、テレビで三浦さんの受賞を知る。その時の様子がとてもよくて、井伏氏に同行していた人(丸山という人)によれば、 後日、丸山さんは、その晩の先生の御様子をこんなふうに話してくれた。 「あなたの受賞は、テレビのニュースで知ったんです。あなたの顔がテレビに出ると、先生はなにもいわずに、いきなり僕の肩をぽーんと叩きました。そんなことをしない方だとばかり思ってたもんですから、びっくりしました。」(59頁) とのこと。これを読むだけでも、井伏さんという人は、いい人だなあ、という気がしてきます。 それにしてもこの本を読んでいると、井伏鱒二という人がとても魅力的な人に見えてくる。ほんとに、人間的で魅力のある人だったみたいですね。 昔、中学生か高校生くらいの時、『黒い雨』を読まされたのと、多分、『山椒魚』『川釣り』は読んでいると思いますが、あんまり強い印象がない。それで、それ以降、井伏さんの本を読んだことがないのですけど、思うに、それは私の方が子供過ぎて、井伏さんの良さが分らなかったか、あるいは、今挙げた作品じゃない作品の方を先に読めば良かったのではないかと。『山椒魚』なんて生意気盛りの高校生に読ませたら、「ああ、カフカあたりの二番煎じ?」的な浅はかな理解で済ませちゃいそうですもんね。 だから、中学校・高校あたりの国語の先生は、井伏の作品を生徒に読ませちゃダメなんじゃないか? 「こういうのは、もっと大人になってから」とか言って、むしろ読ませない方が、かえっていい教育になるのではないかと。 とにかく、この本を通じて、井伏鱒二という人の人柄に興味が出ました。今、井伏さんの作品を読んだら、その面白さが少しは分かるかもしれません。なんか、読んでみようかな。【楽天ブックスならいつでも送料無料】師・井伏鱒二の思い出 [ 三浦哲郎 ]価格:1,512円(税込、送料込)