C・H・ブルックス&エミール・クーエ著『自己暗示』を読む
金曜日に父の本の入稿を済ませたし、土曜は土曜で、9月末締め切りの書評を書きあげて送ってしまった(私にしてはすごくね?!)し、昨日の日曜日は久しぶりにのんびり自分の仕事ができる一日となりました。 ってなわけで、エミール・クーエの『暗示で心と体を癒しなさい!』という本と、C・H・ブルックス&エミール・クーエ著『自己暗示』という本の2冊を読了~。でも後から分かったのですが、『暗示で心と体を癒しなさい!』は、『自己暗示』の後半部分と同じものでした。だから、要するに『自己暗示』一冊読めばいいわけ。 ちなみに、『自己暗示』という本は、法政大学出版局から出ているからね。自己啓発本というと、ちょっとインチキ臭いような(失礼!)出版社から出ていることが往々にしてあるんですけど、これはもうあの法政大学出版局だから、由緒正しいっていう意味ではめちゃくちゃ由緒正しいよ! さて、この本の主役を演じるエミール・クーエという人は、1857年生まれの1926年没といった時代の人。言ってみれば、私より100年ちょい前に生まれた人というくらいのもんですな。で、職業的に言うと、もともとは薬局を経営していた薬剤師。で、後に催眠療法に興味を持ち、アメリカの通信教育でしばし学んだ後、自分の薬局に診療所を付設して治療を始めたところ、病人がどんどん良くなるものだから評判が高くなって、さらにフランスの心理学者シャルル・ボードゥアン博士とか、イギリスの名医モニア・ウィリアムズ博士なんかが持ち上げたおかげで、ヨーロッパやイギリスやアメリカにまで名が知られるようになったという経歴の持ち主。 で、彼の治療法は、「自己暗示法」って奴。 もともとは催眠療法をやっていて、患者に催眠術をかけてから治療していたのだけれども、患者の中には催眠術にかけられること自体にストレスや恐怖を感じてしまって、治療にならないケースが結構あったんですな。で、催眠術なしでやってみたら、むしろその方が治療効果も高まることが分かり、最終的には催眠術はやめて、覚醒している患者に対して、暗示(=自己暗示)をかける方法に切り替えたと。 で、ならばその「自己暗示療法」っていうのはどういうものかと申しますと、理論的にはですね、人間には意識と無意識があると。で、意識よりもはるかに広大な領域を無意識が司っている。例えば体に関することはほとんどすべて無意識がコントロールしているので、何かを食べて、それを消化する、なんてことを一つ取ってみても、それは人間が意識的にやっていることではなく、無意識にやっているわけですな。意志の力で胃液を出したりしているわけではないわけだし。 で、意識の層と無意識の層は互いに連携を取り合い、意識的に考えたことなどはいったん無意識の方に送られて、そこで検討され、再び意識の層に返答を返してくる。 で、この両者がうまく連携していると、人間ってのは健やかにいられるのですけれども、この両者に齟齬が生じると、それは何らかの形でアレルギー反応を起こす。例えばストレスだったり、体の不調だったりを引き起こすと。 ま、これが人間の仕組みだ、というのが大前提ね。 じゃ、一つ例を出しましょう。舞台はゴルフの大きなトーナメント。次のホールでバーディ取ればあなたが優勝というシーン。だけど、難しいホールで、そこここにバンカーの罠がある。さあ、あなたが打つ番でーす。 意識の層、すなわち「意志」は、「よーし、何がなんでもグリーンに乗せたる」と思い、「そのために死ぬ思いで練習してきたんじゃないか! 絶対成功するぞ!」と思う。ところが、無意識の層では、「絶対にバンカーにつかまって、優勝どころか大恥だ。お前はいつだって大舞台で失敗ばかりしていたじゃないか。今度も絶対失敗するぞ。ボールは見事バンカーのど真ん中に飛んでいくに決まっている」という結論を出す。 で、クーエ理論の第一テーゼは「意志と想像力が喧嘩した場合、必ず想像力が勝つ」ですから、この場合、無意識の層が勝ちます。で、体を司る全神経が一致協力して彼の身体とクラブを操り、その結果、ボールは絶妙の軌道を描いて、想像していた通り、バンカーのど真ん中に飛んでいく。それは見事に。 同じことは、逆の方向でも実現します。例えば、嵐に翻弄される船の中で、屈強の船乗りに向かって「顔色が悪いですね。船酔いじゃないですか?」って言っても、船乗りは全然影響を受けません。それはその船乗りの無意識層が「俺は船に酔わない」という答えを用意しているからで、そこへ意識的に働きかけても無駄なわけ。ところが、同じ船にのって青い顔をしている乗客に同じことを言うと、言われたことと無意識層の理解が同じなので、とたんに船酔いしてしまう。 だからね、意識層と無意識層が一致しなければ、意識的にしようとしたことは絶対に実現しないし、逆に両者が一致しているときには、すべてが実現しちゃうの。 で、病気とか体の不調とか、そういうのも全部これ式なわけ。たとえば「吃音」にしても、意志の力でなんとか吃音を止めようとしても、無意識の層で「絶対どもるぞ」と判断している限り、意志とか努力とかはまったく無力。それどころか、意志と努力で「止めよう」とすること自体が無意識層を活性化させ、「ほら、やっぱりダメだ! ますますダメだ!」となるので、さらに止まらなくなると。 じゃあ、この堂々巡りをどうやって止めればいいかというと、そこで登場するのが「自己暗示」でーす。 意志の力で無意識層を押さえつけるのは無理なので、無意識層が一番不活発な時、すなわち心身ともにリラックスしているとか、一番いいのは、睡眠前と睡眠直後のぼんやりとした時間。この、いわば無意識層がノーガードな状態の時に、「大丈夫、すべてはうまく行くから」と自己暗示をかける。すると、抵抗なく無意識層に入り込んだこの言葉によって無意識層に変化が起こり、次の意識層からの問いかけに肯定的な返事を出す。「ボールはグリーンにオンできるだろうか→きっとできるよ」、「吃音は止まるだろうか→きっと止まるよ」と。これによって、意識層と無意識層が協働して働きだすので、結果、望んだ通りにことが進むようになると。 えーーー、ほんとーーーー?! ほんとです。 例えばさ、「明日の朝は6時15分に絶対起きなきゃ」と思って寝るとするじゃん? すると、6時14分にハッと目が覚めて、目覚まし時計が鳴る前にそれをオフにする、なんてこと、経験あるでしょ? 眠っているはずなのに、どうしてそんな芸当ができるの? 無意識層がコントロールしているからでーす! だから無意識層の働きって、すごいのよ。 ちなみに、我々が意識的に「自己暗示」をかけなくとも、我々が社会生活を営んでいる限り、常に「暗示」にさらされています。新聞、本、人から聞いた話、ラジオ、テレビ、インターネット、そういったものが常に我々の無意識層にメッセージを送っており、また無意識層は我々が気づかないうちにそのメッセージを受け取って、次の判断の材料にしている。 人間が、なかなか思い通りに生きられないのは、知らぬ間に無意識の中にたまった様々な暗示によって、無意識層の返答の仕方にバイアスがかかっていて、それで意識層から問い合わせがあったときに、それに従って否定的な返事を出すからなんですな。だから、そういう方向性のない「暗示」を、建設的な「自己暗示」にすり替えれば、物事はうまく行くと。 これがクーエの理論なのでありまーす。 で、この理論を応用する形で、クーエの診療所ではジャンジャン人を治しちゃうの。 と言っても、誤解無きように言っておくと、クーエは別に医学的な治療を否定しているわけではありません。なにせ彼は薬剤師だからね。 だけど、医学的治療にもクーエ理論というのは応用できるのであって、例えば医者が患者に薬を出す時、黙って渡した場合と、「この薬は効くんだよ。実によく効く。あなたと同じ病気の人で、この薬で救われた人を何人も見てきたよ」って言いながら渡した場合、薬の効き方が違うと。プラシーボ効果に、さらに本物の薬の薬効が加わるわけだから、そりゃあ、効くでしょうね。 さて、クーエは、薬剤師であり、治療師だから、主に病気を治す方法としてこの理論を活用したので、ついつい「自己暗示」というのは「治療法」なんだと思われがちですけど、実は必ずしもそうではない。 つまり、体の不調があるから、クーエ理論で治す、というのではなく、そもそもクーエ理論を使って無意識層を活用することで、人間が本来の能力を最大限使って、十全に生きることが重要なんですな。その意味で、クーエ理論とは治療法ではなく、人生修養と考えた方がいい。 で、その観点からクーエは我々に一つの万能薬を処方してくれています。 それは何かと言いますと、毎日、夜寝る前など無意識層が油断している時を狙って、「私は毎日あらゆる面でますます良くなっている」と20回つぶやくというもの。英語ですと、「Day by day, in every way, I'm getting better and better.」ですな。 ちなみに、この魔法の呪文は、あまりにも漠然としているように見えますが、このままがいいみたいです。というのは、無意識層というのは万能なので、この言葉をつぶやいた人にとって何を改善するのが一番いいのか、ちゃんとわかっているから。だから、変に特殊なものに変えて「私は毎日頭が良くなっている」とか、「健康が良くなっている」とか「性格が良くなっている」といったようにしない方がいいみたい。あくまでも漠然と「あらゆる面でますます・・・」と言うべきなんだそうな。 とにかく、この魔法の呪文を毎日つぶやくことで、あなたの人生は良い方に激変する、かも。 ところで、このクーエの「自己暗示」が、現代の自己啓発にすごく大きな影響を与えているというのは、すぐわかるよね! まず、努力しちゃいけない、という側面。寝ながら魔法の呪文を唱えればすべてうまく行く、という即効的かつ安易な方法論。クーエが想定した無意識層を「宇宙」と読み替えるだけで、「宇宙に頼んだことはすべて目の前に現れる」的な引き寄せ理論になるし。 だから、引き寄せの法則をくだらない、偽物だ、というのは簡単なのだけど、その裏に例えばクーエの理論を置いてみると、そう簡単には否定できないのではないかと。 実際、「意志の力で努力したことはほとんど成功しない」というのは、かなりな程度、普遍的な事実なわけで。 だからクーエが「努力するな」と言うとき、それは努力という美徳を否定しているわけではなく、「それをやると、意識層と無意識層が喧嘩するから、まずは『これは簡単なことで、自分にはそれをやり遂げる能力があるし、やっているうちに楽しくなってくる』という自己暗示をかけなさい」ということなわけよ。 で、自己啓発も、結局、同じことを言っているわけ。そこを理解できるかどうかで、自己啓発の世界が分かるか分からないかが決まってくると思うんだなあ。 ということで、この本、本気で自己啓発のなんたるかを理解するためには、非常に面白い本だと思います。教授のおすすめ! と言っておきましょう。自己暗示新装版 [ C.H.ブルックス ]価格:2052円(税込、送料無料)