ジグ・ジグラー著『ジグ・ジグラーのポジティブ思考』を読む
アメリカの自己啓発ライター、ジグ・ジグラーの『ジグ・ジグラーのポジティブ思考 可能性を開く6つのステップ』(原題:See You at the Top, 1975)を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 自己啓発本というのは、常に、「何が書いてあるか」ということ以上に、「誰が書いたか」が問題になる文学ジャンルであります。この種の本に書いてあること自体は、言ってみれば、みんなおんなじようなことなんですな。じゃあ、その本の価値はどこで決まるかというと、その同じことを誰が言ったかによる。 簡単に言えば、貧乏人の著者が「こうすれば成功できる」と言っても意味がないわけね。成功してお金持ちになった著者が「こうすれば(あなたも私と同じように)成功できる」と言った時にのみ、その本に価値が生まれると。 で、じゃあジグ・ジグラーはどうなのかと言いますと、彼は12人兄弟の一人として生れ、世界恐慌のさ中、まだ学齢期の兄弟が5人もいる時に父親を亡くすという苦境に陥り、小学校5年生から地元の食糧品店で働くという経験の持ち主。なかなかの苦労人です。 で、様々なセールス系の仕事に就いた後、P・C・メリルという自己啓発講演者のセミナーに出席するのですが、そこでメリル氏から「君はいずれ成功者になるだろう」というご託宣を受ける。 で、そのご託宣を受けた途端、うだつの上がらなかったセールスマンのジグラーはまるでサナギから蝶になったかのごとく営業成績が上がり出し、7000人のセールスマンのいたその会社でトップ・セールスに躍り出てしまった。つまり、「君はトップになれるよ」の一言でその気になったことと、それからノーマン・ヴィンセント・ピール師の『積極的考え方の力』という自己啓発本の名著を座右の書としたおかげで、トップ・セールスとして振る舞うようになり、結果としてそうなったと。まさに自己啓発思想が典型的に花開いたような感じになったわけね。で、その後、デール・カーネギー協会で講師を長く務めたりもし、今ではジグ・ジグラー・コーポレーションの代表に納まって居ると。 自己啓発思想で実際に成功した人物が、自ら次世代の自己啓発思想の伝道師になる――これぞ、自己啓発リレーと言われる(私が勝手に言っている)現象なんですけど、とにかく、だからジグ・ジグラーは、自己啓発書を書く資格があるし、人々はその声に耳を傾けるわけですな。 で、じゃあ、この本でジグラーが何を言っているかというと、これまた典型的な自己啓発思想でありまして、それはこの種の本でよくあるごとく、「階段」の比喩で語られる。成功への道筋は階段だ、そのステップを一段、また一段と上がっていけば、誰でも成功者としての未来が待っているのだよ、と。 ジグラーによれば、成功へのステップは6段(意外に段数少ないねぇ・・・)。 まず最初のステップは「健全なセルフイメージ」の構築。「あなたが自分を有能で価値ある人間だと見なせば、それにふさわしい行動を起こし、見合った結果が得られる」ということ。言うは簡単だけど、人は小さい頃から親や先生から「ダメだ、ダメだ」と言われて育つのが普通なので、意識するしないは別として、誰しも「自分なんか・・・」と卑下するところがあるわけですな。だけど、それじゃ、健全なセルフイメージとは言えないので、まず、自分の長所を信じるところから始めなさいと。 第2のステップは「良好な人間関係」を築くこと。人っていうのは、必然的に、人に影響を与えたり、人から影響を与えられたりしながら生きているのだから、良好な人間関係を築くことが重要だと。で、その際、ジグラーが強調するのが夫婦関係ね。夫婦関係ほど身近な人間関係はないのであって、これが破綻したらもう人生終わり。だから、夫たるもの、自分の奥さんを「女王」として扱いなさい、そうすれば奥さんから「王」として扱われるだろうと。(奥さんを大事にしろ、ということをやたらに強調する点、ジグラーの本は、ちょっと特殊です。) 第3のステップは「目標設定」。目標なしに生きている人ってのは実に多いけど、そんなんで成功できるはずがない。だからまずは目標設定することが重要、それも長期的な目標と同時に、毎日の目標を立てることも重要である。また目標を立てる時は、時に無知であることも必要である、というのがジグラーの主張でありまして、ここで「1マイル4分エピソード」が登場。これ、自己啓発本でよく使われるエピソードなんですけど、かつて「1マイルを4分で走るのなんて人間には無理」という常識があって、その常識が通用していた時期には、誰もこの記録を破れなかった。ところが、ロジャー・バニスターが1マイルを4分以内で走り切って以来、世界中のランナーがこの記録を次々に破ってしまったんですな。つまり「そんなの無理」という常識に無知であれば、どんな目標でも達成できると。 第4のステップは「正しい心構え」を身に着けること。心理学者ウィリアム・ジェームズも言うように「心構えを変えれば人生が変わる」。だけど、実際に「心構え」を教えてくれる学校は存在しない。だから本書が教えてあげましょうと。例えば朝起きた瞬間、「また仕事か・・・」などとゲンナリしていたらダメ。前の晩、目覚ましをセットする時点で、「この目覚ましが鳴ったら、素晴らしい一日の始まりだ!」と気合を入れ、朝起きたら、「またチャンスたっぷりの一日が始まるぞ!」といきなりガッツポーズ! こうやって一日を始めれば、大分違ってくるよと。それからお腹が空いたら食べ物を食べるように、常に精神にも食事を与えようと心掛けること。通勤のクルマの中では自己啓発カセットを聞こう、10分のヒマがあったら自己啓発本を読もう。人間はしなければならないことと、したいことだけをする動物なのだから、まずは良い行動を「しなければならないこと」として習慣づけよう、そうすればその習慣はいずれ「したいこと」に変るはず。 第5のステップは「働く」こと。とにかく、働かなくては始まらない。人並み以上に働こう。そして働くことを好きになろう。成功者で、嫌々仕事をしている人はいない。皆、好きなことを一生懸命やるからこそ成功するのだ。また、宝クジが当って億万長者になって、幸せになった者はいない。働いてこその幸せだ。さらに、成功したいなら、成功するまで努力すること。成功の一歩手前までやった、というのでは意味がない。後もうひと押しを頑張ろう。何度失敗して倒れても、その倒れた数より一回だけ多く立ち上がろう。それが勝利の意味である。 そして最後、第6のステップは「熱望する力」。フォードは、正規の教育を受けていなかったので、エンジンの仕組みなどは分らなかった。ので、専門家が何度「無理」と言っても、「どうしても作りたいのでV8エンジンを作ってくれ」と譲らなかった。その「どうしても作りたい」という熱望が、最終的にフォードV8エンジンを完成させた。同じように、どれほど専門家が無理といっても、ひたすらに熱望しさえすれば、その夢がかなえられないことはほぼない。だから熱望しよう! で、上に述べてきたこれら6つのステップをきちんと踏まえれば、あなたの夢はかならず叶うーーこれが、ジグ・ジグラーの、われわれ読者への約束でございます。 まあね、普通よ、普通。自己啓発本って、こういうもんだから。で、こういう主張を、前の世代の自己啓発本(例えばニューマン/バーコヴィッツの『ベスト・フレンド』、ミュリエル・ジェイムズの『自己実現への道』、クロード・ブリストルの『新年の魔術』、ブッカー・T・ワシントンの言説、デビッド・ダンの『自分を与えよう』、ディケンズの言説、ピール師の『積極的考えの力』、デール・カーネギーの言説、マリー・クローリーの『マリーと共に』、ウィリアム・ジェームズの言説、ピーター・ドラッカーの言説、ロバート・シュラーの言説、などなど)とか、あるいはジグラー本人が見聞きしたエピソードなどを用いながら書き連ねると。 あ、もちろんエマソンの引用もね。っていうか、本書のエピグラフはエマソンの「われわれの前にあるものも後ろにあるものも、われわれの内にあるものと比べたら取るに足らない」から始まりますからね。 でもそうなってくると、結局、自己啓発本の独自の面白さっていうのは、「著者本人が見聞きしたエピソード」が面白いかどうかに掛かってくることになる。 じゃあ、本書の場合はどうか。一つ例を挙げましょう。 「あるニューヨークのビジネスマンが、鉛筆を売っているホームレスの缶に一ドルを放り込み、急いで地下鉄に乗り込んだ。だが、ビジネスマンは考え直して地下鉄を降り、さっきのホームレスのところへ戻ってコップから鉛筆を数本抜き出した。ビジネスマンはすまなそうに説明した。急いでいたので鉛筆を受け取るのを忘れてしまったが、気を悪くしないでほしい、と。 『何と言っても、君も私と同じビジネスマンだ。君は商品を売っているし、値段も妥当だと思うよ』。そして彼は次の電車に乗り込んだのだった。 数カ月後、ある社交的な集まりで、そのビジネスマンのところへ身だしなみのいいセールスパーソンが近づき、自己紹介した。『おそらくあなたは私を覚えていらっしゃらないでしょうし、私もあなたの名前を存じ上げません。でも、あなたのことは決して忘れないでしょう。あなたのおかげで、私は自尊心を取り戻せたからです。あなたが現われて君はビジネスマンだとおっしゃってくれるまで、私は鉛筆を売る“ホームレス”にすぎなかったのです』(68-69ページ) こういうエピソード、おそらくは作り話でしょうけれども、こういうのを面白いと感じる方ならば、あなたはジグ・ジグラーの読者だ、ということになるわけですよ。 私は・・・まあ、嫌いじゃないね。作り話だろうけれども、「ストーリー」ではあるからね。 ということで、本書『ジグ・ジグラーのポジティブ思考』を読み、また、以前に読んだジグラーの自己啓発本の知識も含め、ジグラーの何たるかというのは、大体掴んだ私なのであります。ジグ・ジグラーのポジティブ思考 可能性を開く6つのステップ [ ジグ・ジグラー ]