ブリストル『信念の魔術』を読む
クロード・M・ブリストルの書いた『信念の魔術』(The Magic of Believing, 1948)という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 ブリストルというのは、1891年生まれ、1951年没ですから、ナポレオン・ヒルやデール・カーネギーなんかとほぼ同世代、自己啓発ライターの第二世代くらいな感じかな。 ヒルやカーネギーは必ずしもそうでもないですが、この世代の多くの自己啓発ライターに共通して見られる一つの特色は、テレパシーとか透視といった超常現象をマジで信じ、これこそ次世代のサイエンスであって、科学が進歩すれば、こういった現象も事実として解明できるんだと考えていた連中だ、ということですな。前に取り上げたアレクシス・カレルなんかもそうだけど。 だから、ブリストルのこの本には T・J・ハドソン(Thomson Jay Hudson, 1834-93)という人の書いた『超心理現象の法則』(The Law of Psychic Phenomena, 1893)という本への言及がしばしば出てきます。ま、ハドソンのこの本が、ブリストルをして『信念の魔術』を書かしめた、と言ってもいいくらい。その意味で、この世代のことを理解するには、この時代の「超常現象ブーム」とセットで考えないといかんのかもね。 とにかく、超常現象は、未来のサイエンスがその実態を明らかにするのだ、という確信があるもので、この時代の自己啓発的言説、すなわち「強く願えば、願ったことは実現する」という考え方もまた、サイエンスとして捉えられているところがある。実際、ブリストルのこの本にも「サイエンス」という言葉がキーワードとしてよく出てきます。 で、ブリストル曰く、世界には色々な不思議な出来事があって、それを人間は魔術として捉えたり、あるいはアフリカではブーズー教、インドではヨーガ、アメリカではクリスチャン・サイエンス、フランスではクーエ派の暗示療法、さらに新しい心理学や形而上学が説明しているけれども、結局、それらが言っていることは一つの言い方に収斂するのであって、それはつまり「信じる」ということであると。引用すると・・・ 多くの人に癒しの効果を及ぼしたり、成功の段階の上らせたり、あるいは不思議な体験をもたらすのも、これと同じ原動力ーーつまり信念のなせる業なのです。 なぜ信念が魔術や奇跡をもたらすかということについては、満足のいく説明をすることはできません。しかし、そこには疑いをさしはさむ余地はまったくないのです。信じさえすれば、純粋な魔術、つまり奇跡が起こるものなのです。(9頁) 説明はできないけれども、疑う余地はない、なぜなら、これはサイエンスだからだ、という、自信満々の、しかしよく考えたらまったく意味をなさない言説、これこそがこの時代の自己啓発言説でございます。 で、このよくわからない信念のもと、ブリストルも色々なことを言うのですけれども、ブリストル独自の、というものはほとんどなくて、やはり同時代の自己啓発言説の控えめな集大成というところがある。 例えば、こちらで「引き寄せの法則」(心は同種のものを引き寄せる、という考え方)のことを云々したかと思うと、別なところでは「潜在意識に働きかける重要性」について云々し、こういうことが起こるのは「万物は振動、もしくは電気だからだ」と説明する、みたいな。ありがちです。 ただ、先ほど「控えめな」と付け加えたのは、ブリストルが割と中庸を心得た人で、あまり極端で強気なことは言わないから。 例えば、潜在意識や引き寄せの法則の活用で何でも自分の思い通りに出来るとはいえ、この力をギャンブルに応用しようとするのは心得違いであるぞ、と言ったり、美人になろうと思って強くそう念じても、元があまり悪ければ期待通りにはならんから、ほどほどのところにしておけよと言ったり、信じることの力は偉大であるけれども、周囲にそういう力を信じない人がいると、本来の力が発揮できないから、そういうことを信じない人の居るところで自分の思いを口にするなよ、と警告したりする。その辺、ちょっと弱気(というか、常識的)なところがあるわけ。 まあ、その分、まともな人なんでしょう、ブリストルという人は。 あと、エマソンの引用はたっぷりあります。列挙すると、○「われわれの行動の根源は思いーー精神である」(34頁) 原文:"Ralph Waldo Emerson declared that the ancestor of every action is thought;" ○「思考や行動の本当の知恵は、この本能から出てくるものである。その知恵がわれわれのところへくるにはかなり手間どるが、それを不満に思ってはならない。人生のあらゆる局面においてこの本能を利用することは、まことに賢明である。あらゆる機会に、この本能の先導に従うくせをつけるべきである。その導きに頼ることに決めさえすれば、知恵は使うに従って湧いてくる」(75頁) 原文:"Emerson, though he wrote of “instinct,” endowed it with so many superior attributes that he undoubtedly was thinking of the subconscious mind when he wrote, “All true wisdom of thought and of action comes of deference to this instinct, patience with its delays. To make a practical use of this instinct in every part of life constitutes true wisdom, and we must form the habit of preferring in all cases its guidance, which is given as it is used.” ○「逆境に陥ったとき、あるいは危急に直面した場合には、われわれの無意識の行動が常に最上のものである」(81頁)原文:"Emerson explains it by saying that in a difficult situation or a sudden emergency, our spontaneous action is always the best." ○「人の目にはその人の地位がはっきり現れる」(170頁)原文:"Emerson wrote that every man carries in his eye the exact indication of his rank."○「友人を持つただ一つの道は、友人となることである」(179頁)原文:""The only way to have a friend is to be one," said Emerson,"○「世界でもっとも至難な仕事は何か? それは思うことである」(232頁)原文:"Emerson asked, “What is the hardest task in the world? To think. " ま、ざっとこんな感じ(本書は抄訳なので、実際にはもっとある。)やっぱり、エマソンっていうのは、自己啓発ライターがついつい引用したくなる人なんですなあ。 それから、その他に本書を読んでいてちょっと気になったのは、「最近はビタミンの狂騒時代です」(86頁)という一節。本書が出版されたのは1948年ですが、要するに戦後のアメリカで空前のビタミン・ブームが起こっていた、ということの一つの証言にはなりますね。ビタミン・ブームってのは、自己啓発書のジャンルの一つである「健康改善本」の系譜を語る上で、欠かせない話題なもので。 それからもう一つ、アメリカ作家のアプトン・シンクレアが『心のラジオ(Mental Radio)』という作品の中でテレパシーのことを主題にしているという情報を得たのも収穫かな。これ、ネットで読めるみたいだし、今度読んでおかなくては。 とまあ、色々ありますが、この時代の典型的な自己啓発本として、ブリストルの『信念の魔術』という作品があったということは、とりあえず覚えておきましょうかね。新訳信念の魔術 人生を思いどおりに生きる思考の原則 [ C・M・ブリストル ]