口語訳聖書・箴言訳の謎
今日も今日とて論文書きなのですが、書いている内に一つ、疑問点が浮かんで参りまして。 アメリカの自己啓発本の研究をしておりますと、自己啓発本の多くが聖書を引用することに気が付きます。と言うのも、聖書の中に「人は、自分の心で思っているようなものになる」という一文があって、これが自己啓発思想のバックボーンになっているからでして。 では聖書のどこにこの一文があるかと言いますと、『箴言』の23章7節にあるということも分かっている。『箴言』というのは、かのソロモン王の格言集ですな。 で、その23章7節は英語ではどう書いてあるかと申しますと、欽定訳ですが、 For as he thinketh in his heart, so is he: Eat and Drink, saith he to thee; but his heart is not with thee. とある。この前半部が「人は、自分の心で思っているようなものになる」のオリジナルでありまして、イギリスのジェームズ・アレンが書いたベストセラー『「原因」と「結果」の法則』の原題である『As A Man Thinketh』というのは、もちろんこの箴言から採られているわけ。 ま、それはいいですわ。問題はここから。 上に述べたようなことは私も知っていたので、論文にその旨を記し、出典は『箴言』の23章7節だよ、と書いたんですけど、一応、聖書の日本語訳でこの部分はどう訳されているのかしら? と思って、口語訳を参照してみたわけ。すると・・・ 「彼は心のうちで勘定する人のように、「食え、飲め」とあなたに言うけれども、その心はあなたに真実ではない」 と書いてあった・・・。 はあ? 何コレ? 「勘定する人のように」って、一体何のことじゃ? で、前後の文脈を見ると、「ケチな奴の家でご馳走出されても、そんなものむさぼり食ったらいかんぜよ、ろくなことにならんぞ」という話の流れの中での、この一節なんですな。 つまり、この文脈の中での「as he thinketh in his heart, so is he」という文は、「腹黒いことを考える奴は、腹黒い」という意味で取るべきものだったと。ということは、この文、かなりネガティヴでございます。 あら~。じゃあさ、じゃあさ、著名な自己啓発ライターたちが、「考えたことは実現する。なりたい自分になれる」というポジティヴな意味でこの箴言を引用してきたのは、間違いだった、ってことになるんじゃないすか? いや、ネガティヴかポジティヴかの違いはあるけど、「腹の中で思っていること、それがその人だ」という意味では同じだから、いいのか・・・。 ひょっとして、あれかな。自己啓発本のライターってアホが多いから、「聖書の『箴言』にこう書いてある」って誰かが書けば、「おお、ソロモン大先生が自己啓発思想にお墨付きをくれた~! やった~!」って思って、『箴言』そのものはチェックせずに、一つ覚えで「人は、自分の心で思っているようなものになる(と、聖書に書いてある)」という部分だけを繰り返し引用しているんじゃないかな。 だけど、『箴言』のこの部分を引用している連中の中には、ノーマン・ヴィンセント・ピールとかロバート・シュラーみたいな聖職者もいるよ。さすがに聖職者であれば、『箴言』だって一度くらいは読んだことがあるんじゃないのかねえ。・・・なかったりして。 ま、今、私が書いている論文は、特にこの部分を問題にしているわけではないのですけれども、自己啓発業界で超有名な「as he thinketh in his heart, so is he」の一文の文脈が分かって、一つ賢くなったワタクシなのでした。