メアリー・スチュアート著『この荒々しい魔術』を読む
メアリー・スチュアートというイギリスの女流作家が書いた『この荒々しい魔術』(原題:This Rough Magic, 1964)を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 メアリー・スチュアートなんて言ったって、今や誰も知らないだろうな。イギリス文学やっている人だって多分、知らないと思う。どの分野であれ、専門の研究者なんてなんにも知らないよ。 メアリー・スチュアートは、1960年代に流行した「サスペンス・ロマンス」の書き手。イギリスでもアメリカでも、大変な人気のあった人で、ハーレクイン・ロマンスの作家の中にも、この人の影響を受けた人は多い。ノーラ・ロバーツも確かそう。 まあ、サスペンス・ロマンスだから、事件がらみのロマンスなのね。ある事件が起こって、ヒロインがそれに巻き込まれる。で、その事件が解決に向かう中で、事件の関係者の誰か(最初、一番怪しいと思われた人物)と恋に落ちる的な。『この荒々しい魔術』も、大体そんな感じ。 主人公はルーシー・ウェアリングはまだ無名の女優。最近、割と大きな役をもらったのですが、その芝居が大失敗に終わり、逃げるようにロンドンを離れて姉であるフィリダ・フォルリの住むギリシャのコルフ島を訪れているんですな。フィリダが結婚した相手のフォルリ氏は名家の生まれで、ここコルフ島に大きな地所を所有しているわけ。 で、広大な敷地内には、姉が住む本宅の他に幾つかヴィラがあって、それを人に貸している。 その一つを借りているのがサー・ジュリアン・ゲイルという、イギリス演劇界の至宝。今は健康を損なって半ば引退し、この島で人々の好奇の目を避けながらひっそり暮らしている。で、息子で音楽家のマックス・ゲイルが同居しているんですが、このマックスがちょっと偏屈な感じ。 一方、もう一つのヴィラはイギリスの写真家、ゴッドフリー・マニングが借りている。 で、ルーシーにとっては女優としての失敗の記憶を払拭するための休暇だったのですが、こんな平和な島で、相次いで事故・事件が起こると。 最初の事故は、スピローという地元の若者の事故死。彼は写真家・マニングの助手として雇われていたのですが、ある夜、マニングが夜の海の写真を撮るために、夜、船を出した時、助手として同船したのですけれども、船から落ちて行方不明になってしまうんですな。 しかも、その直後、今度は地元の漁師で、ヤンニ・ゾウラスという男の死体が、岸に打ち上げられる。この男、隣国のアルバニアとの間で密輸をやっていたようで、しばしば夜に船を出していたのですが、どうもその際、帆船の帆桁に頭を打ちつけたらしく・・・。 で、好奇心旺盛なルーシーは、スピローの事故はまだしも、ヤンニ・ゾウラスの死には不審な点があると思い、マックス・ゲイルを疑います。実際、マックスは夜の夜中に船を出したり、何か大きな荷物を運び込んだり、妙なことをしているフシがある・・・。 そんな折も折、ある夜、ある事情からルーシーが夜中に岸で探しモノをしていた時に、こそこそと行動しているマックスにぶつかるんですな。で、マックスに口をふさがれ、家に連れ込まれてしまい、危機一髪! ところが! 事情は全然違った。 実は、行方不明のスピローは生きていたんですな。 スピローの話によれば、ある夜、ゴッドフリーに無断で彼の船の修理をした際、激しく叱責され、ちょっとふてくされていたところ、ゴッドフリーから夜の海の写真を撮るので手伝えと言われたと。で、ついて行ったら、ゴッドフリーに海中に置きざりにされてしまった。で、普通だったら溺れ死ぬところだったのですが、潮の流れが良かったのか、足の骨を折ったものの、アルバニアの海岸に流れ着いてそこで助けられたと。 で、ギリシャとアルバニアは関係が悪いので、正規のルートでは戻ってこれない。そこで、両国の間で密輸をやっていたヤンニ・ゾウラスが密輸品と一緒にスピローを連れ帰ることになっていた。ヤンニとマックスがこそこそやっていたのは、それだったんですな。なにせ、スピローは自分がゴッドフリーに殺されかけたと思っていますから、自分が生きていること、そしてギリシャに帰ろうとしていることをゴッドフリーに気付かれては困る。それで、マックスがひと肌脱いでいたと。 ところが、そのヤンニが死んだ。マックスとしては、多分、これもゴッドフリーが仕組んだことだろうと思い、仕方なく、自ら出かけてスピローを海上で受けとり、アルバニアの国境警備隊からの銃撃をくらいながらなんとかギリシャに戻ってきた。ルーシーが夜中に出くわしたのは、この時だったんですな。 で、マックスからその話を聞き、どうもゴッドフリーが怪しいということになり、なぜ彼がスピローやヤンニを殺した(殺そうとした)のかを突き止めようということになる。 で、ルーシーが時間稼ぎのために、ゴッドフリーをドライブに誘い、その間、マックスがアテネの警察にスピローを匿ってもらい・・・ってな、ハラハラ、ドキドキのアレがありまして。 ところが、マックスがアテネに行っている時に、ルーシーは、ゴッドフリーの悪事の証拠をたまたま掴んでしまうんですな。だけど、ゴッドフリーもその証拠を早く処分しようとしている様子。そこでルーシーは単身、その証拠を押さえようとする。 結局ね、ゴッドフリーは、大量の偽造通貨をアルバニアに売るということをやっていたんですな。当時アルバニアは周辺諸国と戦争状態、唯一の味方は中共だけ。そこへ大量の偽造通貨をばら撒けば、アルバニアの経済は破綻し、戦争の火種となる可能性大。ゴッドフリーはそういうことを企んでいたと。 で、それをスピローに嗅ぎつけられたかと思ってスピローを殺そうとし、またゴッドフリーの行動に不信を抱いたヤンニを殺してしまったと。そういうことだったらしい。となると、ゴッドフリーの悪事を暴くには、証拠の品となるその偽造通貨を押さえるしかない。 が! 隠し場所と思しき船の中を探っているうちに、ゴッドフリーに見つかり、ゴッドフリーはルーシーを乗せたまま海に出てしまった! ひゃー、このままではスピローやヤンニと同じように、海の上でルーシーも殺されてしまう!! で、実際、ルーシーは殺されかけ、海に落ちるのですが・・・ なんと、彼女はイルカに助けられるという・・・ イルカ? と思うなかれ、実はこの小説ではイルカが大きな役割を果しておりまして、それまでに二度、ルーシーはこのイルカの命を助ける場面があるのよ。それで恩に着たイルカさんがその恩返しにルーシーを岸まで送り届けます。 で、ルーシーがほうほうの体でコルフ島に戻ってみると、マックスらの計らいで、今まさにゴッドフリーは尋問を受けている最中だった。が、一番肝心な証人であるルーシーは既に死んでいると思っているゴッドフリーは堂々としらばっくれている。 そこで、ルーシーはここぞというタイミングで舞台にあがる女優のごとく、その尋問の真っ只中に入っていく。ルーシーがここで、ゴッドフリーの悪事をすべて暴けばゴッドフリーはもう一巻の終り。 で、ゴッドフリーは最後の悪あがきで隠し持っていた銃を取り出してルーシーに突き付け、彼女を人質にして逃亡を図ろうとする。 と、そこに名優、サー・ジュリアン・ゲイル登場! 彼は酔ったふりをしてふらりと修羅場に登場しつつ、酒瓶を投げて電球を叩き壊し、ルーシーを奪還! ゴッドフリーは一人で港に係留してあった船に向って逃走! ところが、その船のエンジンをかけた途端、どっかーん! と大爆発! 実はスピローの親友で、彼の妹のフィアンセでもある若者、アドーニが事前に船のキッチンのガス栓を開いておいたので、エンジンが点火した途端・・・。 とまあ、そんな感じで悪者は死に、一連の出来事の中で愛を育んだマックスとルーシーは婚約っていうね。ハッピー・エンドでございます。 ところで、本作は、シェイクスピアの『あらし』という芝居が、基調音になっておりまして、各章の冒頭に『あらし』の一節が引用されるんですな。で、療養中の名優・サー・ジュリアン・ゲイルは、このコルフ島こそ、『あらし』の舞台になった島だという説を唱えている。 ま、『あらし』と『この荒々しい魔術』に、筋書き上の類似はないのですけれども、孤島にかつてのイギリス演劇界の王が隠棲していたり、魚の怪物キャリバン的なイルカが居たり、生々しい殺人事件は起こるも、最終的には平和が来たりと、なんとなくね、それっぽいところもある。その辺が、教養のある人にはたまらないわけね。 とまあ、ハーレクイン・ロマンス的なものばかり読んでいると、たまにこういうの読むと、「おお、いいねいいね」と思いますな。 メアリー・スチュアートの『この荒々しい魔術』、なかなか面白いものでありました。これこれ! ↓この荒々しい魔術【中古】