鈴木俊隆著『禅マインド ビギナーズ・マインド』を読む
ちょっと前に鈴木俊隆師の『禅は、今ここ。』という本を読んで非常に面白かったので、同じ鈴木俊隆師のアメリカにおける代表作と言われている『禅マインド ビギナーズ・マインド』という本を読みました。ので、ちょっとだけ心覚えをつけておきます。 これ、オリジナル(原題:Zen Mind, Beginner's Mind, 1970)は英語で書かれた鈴木俊隆師の講話集で、それを松永太郎さんという方が日本語に翻訳されたものなんですけど、各章冒頭にオリジナルの英語バージョンの一節が掲載されている。で、その英語がまた抜群に素晴らしくて、簡にして要を得るというか、とてもいい。英語らしい英語というより、外国人ぽい英語なんですけど、ちょうどダライ・ラマの英語みたいな感じですね。純粋に英語らしくないところがむしろユーモラスという、そういう感じの英語。 さて、この本の内容ですが、先に読んだ『禅は、今ここ。』が鈴木俊隆師の短いフレーズ集だったのと比べると、もっとはるかに禅の何たるかに踏み込んだ内容になっております。 で、最初に坐禅のやり方の説明があり、何のために坐禅をするのか、坐禅における悟りとは何か、仏教とは何か、仏教と他宗教、たとえばキリスト教との違いは何か、キリスト教徒が坐禅をしていいのか、etc.etc. 、ま、そういったことが綴られている。と言っても、小難しい言説を並べているのではなく、素人にもごくごく分かりやすい言葉遣いで説明されていて、それでいて言われていることは非常に深いという。多分、参加者皆で坐禅をした後に俊隆師が、参加者に説教をした、その説教集なんでしょうな。 で、結局、仏教の哲学というのは非常に論理的で、それを学ぶのはいいのだけど、やはり一番いいのは修行すること、そして修行としては坐禅がとにかく一番いいと。 で、坐禅をし、自分の呼吸に集中していると、初めのうちこそ色々な考えが脳裏を行き来するのだけど、その行き来をただ客観的に眺めていると、やがて波紋が鎮まるように鎮まってくる。で、そういう静かな境地、「今、ここにいる」という思いの中にいるだけでいいと。別に悟りを啓こうとか、そんな野心も捨てて、ただただ坐っているのがいい。師曰く「坐禅の修行とは、私たちの本来の純粋な生活の仕方を始める、ということです。それは、なにかを獲得したいとか、有名になりたいとか、利益を得たいなどというものを超えています。修行によって、私たちは、自分の本来の姿をありのままに保つのです」。 鈴木師曰く、人は満月を見ても、案外、それが真ん丸だということに気づかないと。ところが月に雲がかかって一部を隠したりすると、逆に隠れた部分を補って、月の丸さに気づくことがある。それと同じく、坐禅をしている時には何も感じないのだけれど、それをすることによって、普段の毎日の暮らしの中にその価値を見つけることができる。逆に坐禅の経験がなければ、あなたは何も見つけることができない、と。 で、このように坐禅(=修行)ということが自分の日常になってくると、特別なことをしているという自覚もなくなるんですって。鈴木師も、永平寺で修行していた頃、寺を訪れる一般人とかにすれ違うと、「おお、なにか普通ではない人たちが来た!」という思いを強くしたそうです。 禅の意味なんか理解する必要はなくて、ただ坐る。そうすれば、いずれ意味が分かるだろうし、別に分からなくてもいい――ということなんでしょうな。こういう考え方というか、非論理的な行動の指針は、アメリカ人には理解しがたい部分があるのかもしれないけれど、逆に1960年代というカウンター・カルチャーの真っ只中にあっては、その非論理性に新しい魅力を感じる人もいたんじゃないかなと。 でその、じゃあ、私も坐禅とやらをやってみよう! と思ったら、それは「初心」すなわちビギナーズ・マインドなわけですけど、そのフレッシュな感じがいい、と鈴木師は言うわけ。修行のベテランというと、そのこと自体が既に邪魔なものになっているわけで、そういう滓みたいなものも取っ払って、今日初めて坐る、みたいなつもりで坐禅をしてみるのがいい。 なるほどね。 私自身、かなり非論理的な方なので、こういうものを読むと、つい坐禅を試してみたくなります。自己啓発思想の中でよく勧められる「瞑想」の一種と考えれば、こちらの方がより性に合うかも。やっぱり日本人なんですな。っていうか、私のようにアホみたいに、赤子のように、何の疑いもなく坐禅とかしちゃう方が、鈴木俊隆師には褒められるんじゃないかしら。 とにかく、坐禅をすることによって、何か大きな存在の一部であるという自覚、そして万物すべてそうだ、という自覚を得、さらにすべてのものは無常であることを受け入れつつ、しかもその移り変わるものだけが不変であるというような認識を得ることで、あるがままの自分であり続けられたらいいなあ、というような思いを強くさせられる本でありました。 この本、アメリカ人向けに書かれているからこそ、日本人が読むのにふさわしいというところがあります。だって、現代日本人なんて、昔の日本人に似ているというより、アメリカ人に似ているようなところがあるからね。ということで、何かすごく単純にして深いものを読んだ、という感慨を得られるこの本、教授の熱烈おすすめ! と言っておきましょう。これこれ! ↓禅マインドビギナーズ・マインド (サンガ新書) [ 鈴木俊隆 ]