バーバラ・ハリス著『バーバラ・ハリスの臨死体験』を読む
バーバラ・ハリスという人の書いた『バーバラ・ハリスの臨死体験』(原題:Full Circle, The Near-Death Experience And Beyond, 1990)という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 少し前に立花隆さんの『臨死体験(上・下)』を読んだ時に、この本のことが何度か言及してあり、立花さん自身、著者のバーバラ・ハリスにインタビューした、というようなことが書いてあったことに加え、本書は一応「立花隆訳」となっている(実際には(元?)妻の橘雅子氏が下訳したものを監修)のだから、それなりにしっかりした本なのかな、と。 で、立花隆が書いた序文によると、本書の著者であるバーバラ・ハリスは、もともとミシガンの自動車業界で働くお金持ちの夫(自家用飛行機を持っているほど)の妻で三人の子の母、いわばごく普通の「有閑マダム(久々に聞いたな、この言葉・・・)」だったのが、持病が元で結構大きな手術をすることになり、その過程で臨死体験をして、結果、人生観が変わってしまった。最初は自分の体験の意味が分からなかったのだが、その後、レイモンド・ムーディの『かいまみた死後の世界』を読んだり、これをきっかけとして始まったアメリカの臨死研究の研究者たちとの交流によって、そっち方面のことに夢中になってしまい、資格をとって死にゆく人々に対する介護に打ち込んだりする一方、家のことはおろそかになり、物質主義的な夫との間に溝が出来てしまって結局離婚・・・と、まあ、そういう数奇な運命をたどるんですな。で、そうした一連の経緯を綴ったのが本書『バーバラ・ハリスの臨死体験』ということになる。 ちなみに、ではバーバラ・ハリスが体験した「臨死」はどのようなものだったかというと、これが典型的な臨死体験で、昏睡状態→体外離脱→死んだ祖母の存在を感じる→トンネル体験:ブーンという音と出口の光→しかし光の方には行かず、離脱した体に戻る、というもの。で、その後バーバラはもう一度臨死体験をするのですが、その時は自分が赤ん坊の時からの重要体験シーンをすべて回想するという、これまた臨死体験の典型的なケースを身をもって体験する。ちなみにこの時、昏睡状態にあったにも関わらず、周囲の看護師たちの行為(バーバラから見えるはずのない別室での行為も含め)を見るという現象も起こっております。 で、臨死体験後のバーバラは、価値観の変化と共に、特異体質の獲得をする。例えば彼女が手を当てると他人の頭痛が治るとか、これから起こることが予想出来てしまう予知能力が高まるとか、あるいは彼女が近くに居ると電子機器が壊れるとか。 で、なんじゃこりゃ? とか思っている内に、運命の時が訪れる。1981年の秋、たまたま手にした『オムニ』という雑誌のバックナンバーに、コネティカット大学のケネス・リング博士らによる臨死体験研究の成果を特集した記事を発見するわけ。で、これを読んで、自分が体験したものが、典型的な臨死体験だったんだ! ということに気づいたバーバラは早速ケネス・リングに手紙を書き、またケネス・リング博士は彼女に自分の著書である『いまわのきわに見る死後の世界』を送ってくれるなどして、両者の間に文通が始まると。 で、以後、ケネス・リングやブルース・グレイソン、エリザベス・キューブラー・ロス、その他、この方面の研究者たちとの交流も深め、自らも大学の授業を聴講したりして知識を増やし、やがてテレビのトークショーなどにも出演するようにもなり、さらには臨死研究の団体である「IANDS」の運営に手弁当で携わるようになる。またその過程で、いわゆる「クンダリニー覚醒」のことを知るようになり、自分が臨死体験の後、人を癒す力を得てしまったのは、クンダリニー覚醒の結果だったのかぁ! などと考えるようになる。まあ、この世界にどっぷりはまっていくわけですな。しかし、この運動に夢中になるにつれ、夫との溝は深まる一方で、結局、離婚と。 だけど、その後もこの運動に身を捧げ続け、また別れた三人の子供たちも長じてから母親の行動に理解を示すようになる。だから、今は幸せ・・・ってのが、本書の原題である「Full Circle」の意味なんでしょうな。一周回って、元の幸せに戻りました、的な。 さて、そんな内容の本書ですが、総ページ数443ページという大部な本の割に、読み終わって私が得た情報というのは極めて少なかったという・・・(爆!) というのも、この本、まず書き方が酷い。先日読んだ『簡易生活のすすめ』という本もそうですけど、著者はその辺の素人で、アカデミックな研究書を書くような訓練を受けていない人なわけですよ。そういう素人がぐだぐだと書くもんだから、その内容のお粗末さたるや・・・。 そもそもこの本は、著者バーバラ・ハリスの個人的な体験記であるにもかかわらず、「私は・・・」ではなく、「バーバラは・・・」という三人称スタイルで書かれているわけ。例えば「秋になってバーバラはコネティカットのケネス・リングに会いに行った」みたいな感じで、自分を客観視したような書き方になっているのよ。そのこと自体、著述の方法としてものすごく不自然。だけど、不自然なら不自然なりに、全巻通して「バーバラは・・・」で通すならまだ分かるのだけど、ところどころで普通に「わたしは・・・」と書いてあるところもあったりして、三人称による間接話法と、一人称による直接話法が混在するという。一体なんでこんなヘンテコリンな書き方にしたのか? 意味が分からないよ。 結局バーバラ・ハリスという人は相当に情緒不安定な人で、しかもその感情によって行動が左右されやすい人なんですな。だもので、当初の計画としては全巻を通じて三人称で客観的に書こうとしたのだろうけど、プライベートなことに触れるような箇所になると感情的に激してきて、突如三人称から一人称になってしまうんでしょう。でも、そういう著者の感情のゆれに付き合わされる読者は、たまったもんじゃないですよ。「わしは一体、何を読まされているんだろう? 臨死体験にまつわる貴重な情報なのか、それとも情緒不安定な中年女性の感情の上下動なのか??」っていうね。もう、ほんと、疲れる。私としては、離婚した夫に同情するわ。バーバラ・ハリスによると、夫は金儲けや出世にばかり気を取られた物質主義的な人で、臨死体験の後ではもはや愛想が尽きたようなことが書いてあるけど、客観的に読めば、なかなか思いやりのある、ごく普通のいい夫ですよ。やれ学会だ、会合だって全米を飛び回って家庭生活を顧みなくなってしまったアンタの方に、家庭崩壊の根本的な原因があるんじゃないの?? っていうか、立花隆はよくこの本を訳そうとしたもんだな。まったく、人迷惑な。 というわけで、この本から得るところは極めて少なかったのですが、それでも何とかかき集めた情報を羅列しておくと・・・〇アメリカの臨死体験研究は、レイモンド・ムーディの『かいまみた死後の世界』(1975)から始まるが、初期の研究が臨死体験の具体的事例を集めるエピソード集作りに終始したのに対し、第二世代となるケネス・リング、ブルース・グレイソンらコネティカット大学のグループは、臨死体験の科学的研究を志し、これが主流となっていく。(5)〇ケネス・リングやブルース・グレイソンら第二世代の研究者たちは、臨死体験後の人格変貌に興味があり、臨死体験によって人類が進化を遂げるという理論を「オメガ元型仮説」と呼んでおり、そのモデルの一つとして、臨死体験後に特殊能力を身につけたバーバラ・ハリスに興味を持った。(7)〇1975年に『かいまみた死後の世界』なる大ベストセラーを書き、臨死研究ブームに火をつけたレイモンド・ムーディは、ヴァージニア大学精神科で、ブルース・グレイソン博士の下で研修医をしていた。いわば弟子の方が先に有名になり、その後で、師匠の方がこれに刺激されて臨死体験研究に入っていった。(91)〇バーバラ・ハリスはホリスティック・メディシンの指導者、イズラエル・トペルとウォルト・ストールから勧められてマリリン・ファーガスンの『アクエリアン革命』を読み、これに大きな影響を受けて、自らもアクエリアン革命に参画しようと決意した。(181)〇臨死体験研究はスタ二スラフ・グロスのサイコスピリチュアル研究とも関連がある。エサレン研究所でサイコスピリチュアルのワークショップを開催していたグロスのところにバーバラ・ハリスも参加しているし、またケネス・リングもまたエサレン研究所で臨死体験の研究会を開催している。(305)〇ケネス・リングは『オメガに向って』を執筆し、臨死体験研究に「人格変貌研究・人類進化研究」という新たな方向性を打ち出した。(408) ・・・とまあ、このくらいかな。500ページ近い本を読んで、得た情報がこれだけ。まったく・・・。 とはいえ、これだけの情報ではあっても、興味深いところはある。 要するに、臨死体験の研究、すなわち死後の世界はあるかとか、そういった研究が、最終的には「人類進化」の方向へ、つまりアクエリアン革命に向かうっちゅーところがね、実にこう、趣があるわけよ。 死後の世界が実際にあるかどうかなんていうスピリチュアルなことは、実はどうでもいいわけよ。そうではなくて、敵は本能寺にあり、本当の狙いは「人類進化」だったっていう。『2001年宇宙の旅』が描いたスター・チャイルドの誕生、新人類の誕生こそが、臨死体験研究の真の狙いだったと。 つまり、1960年代後半のヒッピーたちの夢、あるいは1970年代のニューエイジャーたちの夢だった「水瓶座時代の到来と新人類の誕生」が、1975年以降に展開する臨死体験研究の中に引き継がれたっていうこと、これが「臨死体験研究」研究のキモと見た。バーバラ・ハリスが自らの特殊能力の獲得をクンダリニー覚醒と結びつける――つまり、ヨガと結びつける――のも、これがニューエイジャーの夢の一部であることを考えれば、即、納得できるのであって。 問題は、このからくりに気が付くかどうか、だよね。気が付かなかったら、一般人がこの方面を研究したって、あんまり意味はない。スピリチュアルに興味があれば、また別だけど。 というわけで、この本自体にはあまり価値はないけど、上のようなことを考える上でのヒントにはなったので、読む価値はあったかな。 そういう意味で、この本、まあまあの収穫だったのでした。これこれ! ↓【中古】 バーバラ・ハリスの臨死体験 / バーバラ・ハリス, 立花 隆 / 講談社 [文庫]【宅配便出荷】