『定職をもたない息子への手紙』を読む
ロジャー&チャーリー・モーティマー著『定職をもたない息子への手紙』(原題:Dear Lupin: Letters to a Wayward Son, 2011)を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 イギリスには父親が息子に宛てて人生指南の手紙を書くという伝統がありまして、フィリップ・チェスターフィールドの『わが息子よ、君はどう生きるか』とか、キングスレイ・ウォードの『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』なんかがその好例。これらは自己啓発本としても有名です。 というわけで、2011年に出てイギリスでベストセラーになった本書も、そんな自己啓発本的「父→息子」書簡集なんだろうなと思い、とりあえず読んでみたと。 で、手紙の主たるロジャー・モーティマーは、中産階級の競馬本ライターで、ハンティングとクルマの運転に夢中で若干アル中気味のエクセントリックな奥さんとの間に二人の娘と一人息子チャーリーがいる。で、チャーリーはかつてロジャーも通ったパブリック・スクールの名門中の名門、イートン校に通っていたんですが、どうもこの学校に合わなかったようで中退。以後、怪しげな仲間とつるんでドラッグをやったりアル中になって体を壊したりしながら、これという定職にも就かず、フラフラしたまま中年を迎えるんですな。 で、そんな不甲斐ない息子のチャーリーが、イートン校を中退するかしないかでもめていた頃(当時ロジャーは58歳)から25年もの間、その出来の悪い息子に対して父親ロジャーが折に触れて書き綴った私信をまとめたのが本書でございます。 だから、本書は自己啓発本たらんという意図などまるでなく、ただフラフラしてばかりいる息子に対して父親が書き送った手紙そのもの、なんですが、これがまたとても面白い。 手紙の内容は、一向に定職につく気がなく、里帰りもせず、手紙はおろか電話一つ寄こさない息子に対する「もうちょい頑張ったらどうなんだ」的な叱咤であったり、励ましであったり、気遣いであったり、はたまた家族の近況や共通の知り合いの近況、さらには地元の町で起こったちょっとした事件などを知らせるようなごく普通の家族の私信なんですが、やっぱりそこは、イギリス人の手紙なのよ。イギリス人特有の我慢強さ、そして自虐的なユーモアがいい塩梅で注入されている。エキセントリックな奥さんに振り回され、嫁いだ娘たちやその婿さんたちとの付き合いに辟易し、飼っている犬たちの粗相にうんざりし、変人ばかりの親戚・縁者・友人・知人たちの奇癖・奇行に驚かされ、次第に老い往く自分自身の衰えに対する嘆き節を綴るロジャーの手紙のまあ面白いこと! しかし、そういう一連の手紙を読み、ワハハと笑いながらも、読んでいるうちにジワジワと感じられるのは、これほど出来の悪い息子にすら、見放すこともなく、根気強く、淡々と心の籠った手紙を書き続ける親心ね。そこにあるのは、まぎれもない愛だよ、愛。一貫して変わらぬ(しかし、だからと言って決して押しつけがましくはない)愛。 だから、この書簡集がもし「自己啓発本」的な側面を持つとしたら、それは「親たるもの、自分の子供に対してどういう態度をとるべきか(たとえその子供が、恐ろしいほど出来が悪いとして)」と言うことに対する啓発だよね。そして、それは大いに納得できるものであり、かつ、頭の下がるものでありました。素晴らしいよ。私は、半ば仕事がらみで読んだのですが、途中から仕事のことは忘れました。この本、教授のおすすめ!です。これこれ! ↓【中古】 定職をもたない息子への手紙 /ロジャー・モーティマー(著者),チャーリー・モーティマー(著者),田内志文(訳者) 【中古】afb ちなみに、この本のあとがき的なところに書いてあったのですが、ロジャーの長女の婿(結局離婚したようですが)は、ビジネスマンを引退した後、小説を書いたんですけど、それが『イエメンで鮭を釣る』(映画『砂漠でサーモン・フィッシング』の原作)だそうで。この映画は私も見たことがあるので、ちょっとビックリ。 あと、もう一つビックリした、というか、奇縁を感じたのは、本書の装丁を担当したのが緒方修一さんであること(上に挙げた書影をご覧ください)。実は、今度出る私の本の装丁も緒方さんなのよ~。人生、どこで誰とつながっているか、分からんもんですな。