表題は格言の一部です。
「そんなのしってるよ!」と見過ごすのか?それともどういう意味だったかなと改めてものの本や辞書、もしくはネットでの検索をする人はどれくらい居るものでしょうか?
恐らくほとんどの人が、「そんなの知ってるよ!」で終わるでしょう。
そのまま通り過ぎないで、立ち止まって考えなおす機会にできる人は、進歩が期待できます。
書くいう私は、この手の発言をする場合には、必ず確認をしています。
前置きはほどほどにして、兎に角、のど元を過ぎても熱さを忘れてはならない!でしょう。
「とどのつまり」とよく使います、現代っ子には通じない古い言葉かもしれません。
鯔と言えば、出世魚「ぼら」の最後の呼び名、古語では「極み」のことというので、兎に角語義は、「最後は」とか「結局のところは」となります。
調べてみて、そこまでは把握していなかった、意味だけをつかんで使っていたことを自覚させられました。
何が言いたいのか?そうなのです、「人はのど元過ぎれば熱さ忘れる」傾向が強く、幾ら反省し自覚したと言っても、その今まさに行った確認も、次の瞬間には、失念しているということ」です。
そこを掘り起こして、常に意識する努力がかかせないものであり、それを怠ると、「元の木阿弥」元の侭の姿を晒して、進歩のない日々を迎えます。
「元の木阿弥」も、十分知りえて使っていなかったので、改めて確認、やはり半分も理解しないまま使用していましたね。
己を戒め努力を惜しまないこと、これほど貴重な行動もあまりないでしょう。
これ、努々疑うことなかれ!です。