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テーマ:本のある暮らし(3290)
カテゴリ:"HBR" Says
変化を意識する(日本学生支援機構・北原保雄氏)4月号HBRより
『言語力の基本は書き言葉で培われるが、いまは話し言葉でほぼすべてのコミュニケーションを済ませることができる。これが書き言葉と接する機会を減らし、現代の日本人の創造力や思考力を減退させる原因。』 『話し言葉は音(オン)で認識するため漢字を意識しない場合が多い。漢字、漢語には固有の意味があるが、その意味を意識することなく会話を交わす。語彙を豊かにするだけでなく、創造性や思考力を育むためには書き言葉を使う機会を増やし、そこで学ぶことが効果的。』 確かに書き言葉でなければ伝えきれないものがある。言葉・ことば・コトバ・Kotoba、一言を発すれば同じだけど、漢字表記、かな表記、カタカタ表記、ローマ字表記…これらが伝えようとしている違いは存在していると私も思う。黒川先生は「語の情緒性に着目したいときはことば、コンピュータの自然言語処理などで記号としての語を扱うときはコトバ…」と使い分けているとのこと(引用:「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」)。 たとえ微妙なニュアンス程度であってもイメージの差異は存在して、尚且つ感じ方も個性(特に感性)なのかもしれない。 自分の名をUnofficial的に表記する時、カタカナにすることが多い。苗字と名前のどちらかを個別に表記する際でも、カタカナ表記になる。なんとなく、「かな」表記の曲線のやわらかさよりも、カタカナのシャープな直線的表記のほうがしっくりするから。これは書いて(もしくはTypeして)初めて表現できるもの。 でもどう表記したって、語感でのイメージは 性1:■爽快感・健やかさ、新しさ、新生、 性2:■充実感・エンターテイメント性・賑やかさ・固さ・自立 名1:■重々しいオーラ 名2:■納まりのよさ・集中力・愛らしさ・知性 これららしいけど。 できるだけ沢山のKotobaを発しようと思う。 今日は持ち帰った仕事で一日を過ごし、かなり効率良くはかどったから満足♪ まだまだ山積みな事実には変わりはないけどね。 「Mindが変われば行動が変わる」。なるほど、たぶんこういう事なのかな。 変化のちっちゃい「芽」(らしきもの)であっても、ないよりマシでしょ。きっと。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Mar 20, 2006 01:44:26 AM
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