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テーマ:最近観た映画。(40140)
カテゴリ:ヒーロー映画
脳天気なスーパーヒーローものが大好きなのですが、この「ダークナイト」のような深い映画もいいですね。スーパーヒーローものだからこそなし得たといえるでしょう。
1.衝撃的な悪、ジョーカーについて ジョーカーは究極の悪なのです。 彼は、銀行を襲うや、用済みになった手下を次々に殺していきます。飲み干したペットボトルを道端に捨てるように。リサイクル、リユースしろよ。 では、盗んだ金を独り占めしたいかというとそうではありません。山と積まれた札束に火をつけるパフォーマンスを行います。つまり、ジョーカーは金が欲しくて悪事をはたらいているわけではありません。奴は、悪の力を発揮し、人間社会の中で悪の優位性を証明したいだけなのです。 ジョーカーに従う配下たちも、金で動いているのではない。ジョーカーは、配下の魂を救済するかのような言説を労します。配下は、ジョーカーのカリスマ性に惹かれて、命をかけるのです。これは、金銭を通した功利的な関係ではないだけに、じつが始末に悪い。 さすがのバットマンも、ジョーカーには勝てません。ジョーカーはすべてにおいて用意周到、万全の計画を立てて、バットマンの正体に挑みます。あらゆる状況を想定しているらしく、二の手、三の手があり、裏の裏をかく執拗さです。バットマンは、翻弄されるばかり。見ている者は、そこまでやる?と思わされ、とてもありえないと感じます。 一旦は警察の手に落ちるジョーカーです。しかし、彼は、飽くまでも状況を冷静に見つめています。バットマンが、暴力で人質の居場所を吐かせようとしても、嘲笑します。殴られ蹴られ、脅されても、暴力の限界を知っているのです。痛みは感じても、畏れはありません。 ジョーカーは悪の仮説なのです。家族も過去の経歴もありません。スーパーヒーローは、並はずれた能力や正義感、不屈の精神で、悪を制してきました。しかし、そのスーパーヒーローをも凌駕する、人間としての弱味のない悪を設定することで、スーパーヒーローの限界に対して問いかけをおこなったのです。 2.両雄並び立たず トゥーフェイスについて 「光の騎士」、正義漢の検事ハービー・デントは、あまりにも正しく強い。まさに、ゴッサムシティのヒーローです。この純粋無垢なヒーローぶりには、裏に何かあるのではないかと、映画を見ていて単純に考えました。じつは、警察内部の腐敗を裏から仕切る悪の黒幕だった、というあたりではないかと。 だって、ヒーローはバットマンなのです。バットマンがかすんでしまうようなヒーローが登場していいわけはありません。 しかし、彼は、どこまでも正義派。ジョーカーが街全体を人質に取る形でバットマンの正体を明かすように迫ると、「オレがバットマンだ」と犠牲的精神を発揮します。しかし、正義派すぎて犯人を殺しそうにもなるところが恐い。 そんな彼が、爆発により顔半分に大やけどを負い、さらに最愛の人レイチェルを失う。純粋 培養のハービーには耐えられないできごとでした。ジョーカーの奸計にはまってしまった彼は 叫びます「どうしてオレがこんな目に合わなければいけないんだ」。我が身を嘆いて悪に染まり、悪漢トゥーフェイスになるのです。トゥーフェイス、つまり二面性!じつに象徴的。 しかし、ラストで「闇の騎士(ダークナイト)」バットマンが、トゥーフェイスの犯した罪を背負って、「光の騎士」ハービー・デントの名誉を守ります。バットマンのおかげで、ゴッサムシティの市民は、正義の希望を失いませんでしたが、複雑な結末です。 バットマンは、敵ヴィラン(悪党)を倒してめでたしめでたし、という単純なヒーローではありません。 3.巨漢の囚人について ジョーカーの都市破壊から逃れようと、ゴッサムシティから人々を乗せ避難する二隻のフェリー。一方には一般市民が、そして他方には囚人たちが乗せられています。じつはフェリーには、二隻ともジョーカーにより爆弾が仕掛けてありました。さらに、ジョーカーは、相手の船の起爆装置を渡して、先にスイッチを押した方は助かると究極の選択を迫ります。 二隻ともパニック状態になります。一般人のフェリーでは「向こうは犯罪者の集まりではないか」「だからといって、殺していいのか」という葛藤が起こります。 また、囚人のフェリーでは、悪人ばかりなのだから、少ない警官によって起爆装置を守れるかどうかがに注目が集まります。この中で、巨漢黒人の囚人が、起爆装置を奪います。これは、ボタンを押す意図があると見た。そこでボタンを押させないよう攻防なスリリングな攻防があると、単純に予想しました。 しかし、それはいかにもありがちな悪の類型です。この映画の中で、ジョーカーが示している悪と、囚人のただ命が助かりたいだけの悪とは、深さが違います。ところが、囚人は、起爆装置を川に投げ捨てたのです。自分が助かりたいばかりに、もう一隻のフェリーに乗った多くの人命を犠牲にすることはできないということです。やはり囚人であっても、人間なのです。究極の悪であるジョーカーとは違います。このエピソードから、ジョーカーは芯からの悪として、際立った存在感を放ったのです。 人気blogランキングに参加中。クリックしてね。ご協力、よろしくお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
November 8, 2008 08:22:45 AM
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