バイエルン・ミュンヘンのエースのチェルシーへの移籍が決定した。W杯を前にした大型移籍の実現は珍しい。
バラックは02年のW杯後に、この年のチャンピオンズ・リーグ(以下CL)で決勝に進出したレバークーゼンからバイエルンに移籍してきた。彼の胸の中には「CLのタイトルを獲りたい」という野望があったのは間違いない。チームは年齢的な衰えの出ているカーンやエフェンベルグらの代わりとして、彼を新しいリーダーとして迎えた。当時、バイエルンをドイツ代表で固める計画が持ち上がっており、彼はドイツのリーダーとしてもより大きな活躍を期待されることになった。
しかしこの数年、バイエルンは思うような躍進ができなかった。リーグでは毎年優勝争いを繰り広げ、バラック在籍の4シーズン中3シーズンで優勝したが、CLではとうとう一度もベスト4にすら進めなかった。かつては「(レアル)マドリーキラー」と言われるほど無類の勝負強さを誇ったドイツ屈指の強豪も、レアルだけでなくチェルシーやミランなどの旬のチームを前にして、毎年あえなく敗退していった。
私個人の印象として、バラックはちょっと物足りない存在だった。キック力やキープ力、正確さなど、実力には文句のつけようはなかった。しかし、それまでバイエルンを支えてきたリーダーの持っている精神的な強さを魅せるタイプではなかったのだ。8年前にこのチームに君臨していたのは、まさにゲルマン魂の塊のような存在のマテウスやエフェンベルグであり、彼らはまず自らがプレイに気持ちを見せてチームを鼓舞していた。実力に関係なく、まず気持ちで負けないことが重要であり、私がバイエルンのファンになったきっかけはそんな姿に魅了されたからである(以降、私は今のバルセロナのようなファンタジーさよりも、力強さを持ったチームを好むようになる)。2001年にトヨタカップを獲って世界一になったメンバーに、世界的スターはカーン以外にほとんどいなかった。でも、あの頃のバイエルンは圧倒的に強かった。ドイツ人が少ないのに、みんなドイツ人のように気持ちが強かったからだ。バラックにそういう資質の弱さがあるのが、非常に残念だったのだ。
今日、電車の中で、バラックが出ているドイツの「ルフトハンザ航空(バイエルンのスポンサー)」の広告を見た。玄人好みでしかなかったクラブの広告が、日本でも見られる時代になったのだなぁ、と妙な感慨にふけった後、広告の中のスーツを着ているバラックの姿を見てとても寂しい気持ちに襲われた。テレビの中での試合では感じなかったのだが、このときようやく「バラックがドイツからいなくなる」ことの重大さに気付いてしまった。
バラックはチームを鼓舞するタイプではない。そのことは当初から課題とされていたが、いずれ状況は変わるだろうという楽観論が多かった。ドイツ代表ではまだわからないが、とうとうクラブ内でその時は訪れなかった。
新しい時代を飾れずにまた新しい時代を探る。サッカーチームはマンガやドラマのストーリーのようにはいかず、現実の多くのサッカークラブや国はそんな経験の連続である。そんな中で埋もれてしまった選手はもっとたくさんいる。バイエルンはバラックと共に栄光を追った。でも、叶わなかった。バイエルンもバラックも、それぞれが埋もれないように、それぞれのやり方で新たな可能性を探ろうとしている。
みんなバルセロナやロナウジーニョでも、大空翼でもない。これがサッカーの現実であるし、多くの選手達の、栄光だけでない苦難を追い続ける姿に私は感動を覚えるのである。バイエルンとバラックの来シーズンの栄光を、そしてW杯でのバラックの栄光を願って--。