昨日、バドミントンのシングルス大会に出場したのだが、そのある試合でのこと。
1セット先取され、第2セットでも3-6。
相手は技術的にも体力的にも自分よりは下の1年生。
それでも自分の得意ショットのミス連発でこのような展開になり、仕方が無いので、相手のミスを誘うショット中心に切り替えた。するとここから7点連取して、10-6。この大会は11点先取なので、これでファイナルセットに行けるだろうと思ってしまったが、これが油断の元。大事に大事に、と考えるうちに流れをすぐに戻されてしまって、結局セッティング(一般にジュースと言われているもの)の末、このセットも取られてしまい、敗退。
先日のバドミントン世界選手権でも、美人ペア「オグシオ」がペースを崩され、精神的に追い詰められて敗退したのを思い出して、「人のこと言えねぇなぁ」と下手ながら反省した。
それにしても、自分はこのような敗退が本当に多い。
バドミントン歴も、部活でないにしろまがりなりにも4~5年やっているので技術は少しずつでも上がっている。体力だって最近トレーニングしていたこともあり、余裕があった。それでもこのクセだけは一向に抜けない。バドミントンは点差があるようでも一つの流れで6~7点の点差ですらすぐに逆転することもある、時によって流れがものすごく数字に出るスポーツである。
一方で、この部分にやたら強い組織が日本にも存在する。ジーコジャパンである。
トルシエ時代まで、日本は後半終了間際の失点は頻発して、課題にもなっていた。それがこの4年、日本代表は全く逆の強さを持った組織に変貌している。追い詰められても、最後まで何かをやってくれそうな期待を持たせてくれるようになっている。
あと一歩のときの心理の保ち方、追い詰められたときの気持ちの切り替え方について、私たちは驚くほど知らないと思う。油断しないとか言葉で言うのは簡単だ。でも、それで解決するのなら、とっくにどの国もドイツみたいになっている。技術は超一流で優勝候補、それでも本番のW杯で勝てなかった国はこれまでいくつあったかわからない。
ジーコのサッカーについて、私は支持すると言いながらも結構愚痴もこぼしてきた(試合観戦中の私は見ないほうがいいのかもしれない笑)。正確に言えば、全てを任せるのではなく、要所要所では監督がベクトルを示すくらいでもいいのではないかと、まぁこえは世間的に言われていそうだが、やはりそうなのかな、と思うようにもなった。しかし、ジーコが植えつけたらしい、このような神風のような力だけは、今の自分が喉から手が出るほど欲しいものであることでもあり、私は全くバカにできないというか、2006年のW杯に向けて最も重要な力ではないかとすら思う。
この精神力の正体やプロセスについて語っているものについて、まだそこまで調べているわけではないが、ほとんど見たことがない。しかし、その辺を分析することは、それこそ日本のスポーツ全体にとっても有益なことでないかと思う。日本代表の選手で、私がJリーグの試合からずっと追っていたのは加地だけだが、彼の精神面も2005年以降格段に向上したと思う。彼らの変身の理由、それは本当に「ジーコがいる」からだけなのだろうか(いや、もし彼のカリスマ性が理由だとしても、今後の監督選びに重要な要素になるはずだ)。
※余談だが、ドイツの不屈の精神力を表現した「ゲルマン魂」、以前ドイツ人の友人に聞いてみたら「それに当たる言葉はドイツ語にない」と言われてしまった。そのようなメンタルの強さがドイツ人に存在することは認めていたが、02年はともかく、現代のドイツでは(日常生活で)その強さを出すところがないので、そのような心が年々、特に最近のドイツ人やドイツ選手は弱くなっている気がするんだ、と語った。後になって、彼はこう言った。
「日本にも似たような意味で大和魂という言葉があるみたいだけど、君は大和魂を持っていると言えるかい?」