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カテゴリ:つれづれ
最近のブログにコメントされた方の中で、多次元キネシに対する怒りや不信感
(それを教えている私に対しても含めて)を伝えられた方がいました。 それに関して、いくつかお返事を差し上げてきたものの その一連のコメント自体は、私の返信も含めて、削除させてもらったのですが (内容云々ではなく、そのコメントから出ているエネルギーが 読まれている方にとって不快になるものが多かったため) 先日、ある方から、そのことに対するメールを頂きました。 その方は瞑想をやって、同じような体験をされて だからこそ、伝えたいという、とても暖かいメールでした。 了承を頂いたので、まずは、その方のメールをシャアしたいと思います。 こんにちは。 最近のブログコメントの件で、お伝えしたいことがあるのでメールしました。 私は一昨年、ヴィパッサナー瞑想合宿に参加して そこから鬱のような状態が酷くなった経験があります。 何度も合宿に参加している信頼できる友人からそこの話を聞き 元々瞑想とか内観に興味があり、仕事を辞めるタイミングも重なったことで参加しました。 合宿が終わった直後から(合宿中は会話など禁止なので) 人に対する嫌悪が強く出て、あれ?と感じました。 そこから次の仕事に対する焦りなどなど…どっと出てきてしまい。 瞑想は続けているものの、全然効果が上がらず。 のりこさんがブログに書いていたように、理解力が弱く脳の混乱があり よくわからないままその手法を用いていたことにあるのかなあと思います そもそもヴィパッサナー瞑想は健康な精神の状態じゃないとダメですもんね。 私は隠れ鬱…的な感じだったと思います。 まあそんな状態になり、その信頼できる友人に対してやっぱり 「この人のせいで」と被害者意識を持ちました。 この人からこれを聞かなかったらとか、今更どうにもならないことをずっと。 起きる出来事も苦しいことばかり。 誰に相談してもどうにもならず…病院へ行くことも考えました。 あの苦しみは(同じだとすれば)私にもよくわかります。 その間にもブレインジム、TFH…その他いろいろなヒーリングを試みましたが 私の核心へは全く届かず…本当に苦しい時間でした。 それから約1年後に意を決して受けたのがおさむさんのセッションです。 あの1回のセッションだけで、本当に楽になりました。 あのセッションから今年の長野に繋がったわけですが。 ブログのコメントしてる方は、今かなりつらいんでしょうね。 多分同じように、自分の中の問題が強く表面化してきてるんだと思うんですが。 ただ間違いなく言えるのは「自分でその経験(合宿なりセミナーなり)を選んだ」 いろいろやりとりして。お金払って。 責任転嫁して他を責めても、みんな傷つくだけで自分も前進しない。 今は脳の調整ができる他の人に調整してもらうことだけが、 楽になる近道なんじゃないかなあ。これはみんな思ってますよね。 どうか私と同じように苦しんでいる方も他の方の力を十分に借りて 少しでも少しずつでもラクになる方向へ 一緒に進んでいけたらいいなあと心から思います。 私が伝えたかったことを、ご自身の体験を通じて書いてくださって そして、愛に溢れていて感動しました。 この方も書いて下さったように 大抵の方はわかると思いますが そういう苦しい状態になった時に、何が悪かったのか?誰が悪かったのか? を理屈で知ろうとしても、さらに混乱して、恨みや被害者意識がさらに増幅して もっと苦しいスパイラルに入ってしまいます。 答えは、誰も悪くない(自分も他人も)なんです。 私は何度かお伝えしてきたのは’ 多次元は誰でも活用できるし、私はいずれは子供にも教えたいと思っているぐらい 安全なものだと思っていますが でも、やはり、ヒーリングの手法云々の前に、その人の思考や状態は ある程度、安定していることは、必要だと思います。 多次元でおかしくなる、のではなくて そういう状態の方は、他のものをやっても、おかしくなる可能性がある、ということです。 それが、他のキネシであろうが、ヒーリングであろうが、瞑想であろうが そのきっかけは、人それぞれだと思います。 ヴィパサーナ瞑想は、私も以前、参加したことがありますが その瞑想法自体は、呼吸の流れにフォーカスするという 古くからの瞑想法であって、危険なものではないと私は思います。 でも、それでも、このメールをくださった方のように それがきっかけで、そういう状態になってしまう事もあるわけですから 何がきっかけでそうなるのかはわかりません。 これはあくまでも、私のこれまでのセッションからの考察ですが つまり、一つの考えや思考から切り替えることができずに 同じ思考をぐるぐるしてしまう傾向があったり または、被害にあう恐れ、つまりは被害者意識なのですが 搾取されるのではないか、とか、騙されているのではないか?などという 感覚(エネルギー)を強く持っている傾向があります。 ですから、そういう状態の方は ヒーリングを学んだり、何かを実践するのではなくて ただ、この方も書かれているように、隠れ鬱、の状態であることを 前回のブログで、自己ヒーリングの大切さを書いたのですが そのコメントの中で、自己ヒーリングではなく、他の人からヒーリングを受けて 自分のやりたいことができるようになりました、というコメントを書いてくださった方がいて とても嬉しかったです。 自力と他力。 その両方が大切なのですが 私がお伝えしたのは、自力でやることが必要なことは、決断すること、選択すること。 決断を人に任せたら、依存になってしまいますが それ以外は、他力でいいということです。 クラスで学んでも、自己ヒーリングがうまくいかないのだったら 他から受けるしかないですし 例え、自己ヒーリングがある程度できたとしてもも、他者からセッションを受けると また違った視点から見てくれるので、より解放されてゆくのです。 自己ヒーリングの大切さを書いたことで 他者から受けるヒーリングの大切さが損なわれることはないです。 いつも不思議に思うのは 例えば、誰かが 「私は何年も、毎月、この美容師さんに髪を切ってもらいに行っています」とか 「私は、頻繁にこのスパに通っています」 と言っても、みんなへ~そうなのね ということにしかならないと思うのですが、これが 「私は何年も、毎月、このヒーラーにヒーリングを受けています」 というと 「それは大丈夫?」「何か騙されているんじゃない?』 みたいなことを言われる方が案外多いということです。 これはアメリカだと、かかりつけの精神科医がいても、ごく普通のこととして捉えられるのに 日本だと、セラピストのところに通うのは、何か頭がおかしいとか、問題がある人 みたいに思われることが多いということもあるでしょうし また日本は、いまだに、オーム真理教の後遺症があって 理解できないものは怪しい宗教ではないのか、それにはまってしまって、危険なことに なっているのではないか、という恐れを持っている方が、いらっしゃる事もあると思います。 (若い年代の方は、そういう先入観はない人がほとんどですが) これには、根底に、目に見えないもの(スピリチュアル)への恐れもあります。 そもそも、多次元と他のキネシの違いは何かというと 大きく違うのは、多次元的なコンセプト、ということだけなんです。 調整の手法自体は、フラワーエッセンスや音叉や またはどのキネシでも使っているような手技ですから そこには、なんの目新しさもなく、ごく一般的なキネシやヒーリングと変わらないです。 他と違うのは、物事に対して、多次元的な理解をするということ。 つまり、このコンセプトを理解していなければ、このヒーリングは使えないし 多次元キネシを使っていることにもならないのです。 この方のご質問を見てみると、完全に二元的な思考で 物事を見ていることがわかります。 例えば、ご質問の中で 「完璧に自己ヒーリングできる人はいないという理解でいいですか?』 とあったのですが こういうことは、私はブログの中でも またクラスの中でも、様々な角度からお伝えしてきているわけですが やはり、もともと二元性が強ければ、それを真に理解するのは難しいのだなあと感じます。 私はいつもお伝えしていることの中に ヒーリングは、例えば、ピアノを学ぶことと同じです、ということです。 例えば、ピアノが完璧にできる(弾ける)などという言葉が おかしいのは誰にでもわかるのではないかと思います。、 それは、バイエル程度が弾けるというのか それともベートーベンのソナタが間違えることなく弾ける、ということなのか はたまたショパンを情緒豊かに弾くことができるということなのか それとも、プロと同じレベルで弾けるということなのか。 そのプロでもいろんなレベルがありますし、 その可能性は無限です。 プロのピアニストは「私はピアノができる」とは思っていないものです。 (もちろん、できない、とも思ってないです) ヒーリングも全く同じなのです。 それは、無限に高めていけるものであって 私も、去年より、はるかにいろんな角度や次元から 物事を捉えることができるようになって、それに従って 筋反射の幅はさらに広がりましたが 来年は、さらにそうなっているでしょう。 ピアノにしても、ダンスにしても、一流な人であればあるるほど 自己練習だけではなく、人からレッスンを受けることの大切さを知っています。 クラスを受けて、ある程度、自己ヒーリングができたとしても 他の人からセッションを受けることで その自己ヒーリングの幅がさらに広がってゆくのです。 ましてや、自己ヒーリングがうまくいないのだったら 誰かにセッションを受けるなり、サポートしてもらうのが最適だと思います。 それを自分でなんとかしなければ、と思えば思うほど さらに苦しいスパイラルに入って行きます。 このコメントを下さった方が、今の状態では ウェビナーに参加しようが、私から説明を受けようが 自己ヒーリングも他者へのヒーリングは難しいことは確かでしょうが 私がお会いしたことがある方なら、何らかの具体的なことがわかるかもしれないし こうして、せっかく、多次元のクラスを受けられたのに こんなことになるのはとても残念だし できるなら何か解放に向かうような流れになったらいいなあと。 (と思ったのですが、ガイド曰く、そういう風に自分の責任でないことまで 請け負うという意識でいるから、こういう流れになる、とのことなので、 そのあたりの、私の意識はまた変える必要がありそうなのですが) それと、他の方からのコメントで シャーマンの過去生があるような方は、多次元をするとおかしくなるとか 敏感な人は、多次元はダメで、鈍感な人ならいいのではないかとか (詳しい内容は覚えていませんが) こういうのも、完全に二元的な思考であって 先入観や何らかの情報によって、意味づけしているにすぎません。 実際は、シャーマンの過去生があろうが、敏感であろうが 多次元を普通に活用されている方は多いですし そもそも、シャーマンやサイキックの過去世なんて こういうヒーリングに興味がある方なら、必ずと言っていいほど 繋がっているようなものですから、何も特別なことではないんです。 むしろ、どちらかといえば、この多次元はエンパス体質など 敏感な人のために作られたものですし 自分の感覚や感情に敏感であればあるほど、解放は早く起こります。 「あ、これは私の被害者意識から来ているな」とか 「これは、人を妬んでいるということだわ」など 自分の感覚と、言葉が繋がっている人は’ 多次元はほぼ問題なく使うことができますが 自分と分離している状態だと、難しいのです。 先日、お会いした方が言っていたんですが 「多次元をしたら、取り憑かれるんじゃなくて もともと取り付けれているものを解除するだけなのにね」 と言われていて、全くその通りなのですが 私が霊外し、などと言ってるから、その言葉からのイメージで 何かに取り憑かれるんじゃないかなど その方が持っていた恐れが出てくる人がいるのかもしれません。 そう言った意味も、クラスの中で何度もお伝えしているのですが コンセプトを理解できないと、どうしても、言葉だ’けで捉えてしまうんです。 (名前、変えた方がいい、という意見も多数あり。思考形態リリーステクニック とでも変えようかなと思っていますが) ということで、長くなってしまいましたが こういうコメントをもらったことで、逆に、いろんな方の意見や思いを知ることができたり また自己ヒーリング活用して’ます~と感謝のメール頂いたりして やっぱり、最終的には全てに感謝だなあと。 そのコメントを下さった方にも、感謝なのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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