Republic of MJ

　世界的な金融危機のなかで，世界の株式市場では，ときには暴落，ときには急騰を繰り返しながら，株価の乱高下が続いています。

　テレビや新聞でも連日トップ・ニュースで株価の動向を報じるため，一般国民にも，金融危機の深刻さを実感させるシグナルとなっています。金融機関の抱える不良債権の規模や損失額，資本の毀損の程度などはなかなか外から見えないのにたいし，株価の変動は一見して明らかだからです。


◆株価で企業価値をはかる「株価資本主義」

　株価の激しい乱高下は，株価で企業価値をはかる，アメリカ流の「株価資本主義」の考え方も破たんさせました。

　「株価資本主義」（または「株主資本主義」）の定義は，人によってさまざまですが，次のような考え方を指しています。

　現代の資本主義を支える株式会社の発展は，株価の上昇に現れてくる。したがって株式会社の値打ちは株価の時価総額で現される。

　「株価資本主義」の考え方では，資本主義の心臓部＝神経中枢は，資本市場（株式市場など）にあるとみなします。その株式市場での株価の時価総額こそ，企業の価値をはかる客観的な指標だというわけです。

　しかし，株価で企業価値をはかるのには，もともと無理があります。

　株式市場では，ヘッジファンドなどが日常的に投機的な取引をおこなっており，その思惑で株価はたえず変動しています。

　さらに親企業の金融資産（負債）を帳簿外の子会社（特定目的会社）に移して「資産対応証券」を発行させる「金融の証券化」など，株価つり上げの様々な方策が横行しています。

　アメリカ流の「株価資本主義」は，株価が右肩上がりのバブル的な繁栄期には都合の良い“理論”だったとしても，現在のような金融危機の時代-株価乱高下の時代には，完全に裏目になっています。

　企業の実在的な資産（工場や機械設備など）と株価の時価総額とは極端に乖離するようになっているからです。

　たとえば，かつては世界に冠たる自動車企業だったGMの，この1年間の株価をみると，ピークは39.45ドル（2007年10月31日）でしたが，今年10月10日には4.00ドルに暴落しています。

　GMと言う巨大企業の価値が1年の間に10分の1に縮小したとは，どうみても不合理な話です。

　しかし，GMは，「株価資本主義」の冷徹な論理で，いま経営破たんの瀬戸際に追い込まれています。

　株式市場での株価の変動は，理論的にみても，市場で流通している架空資本（別項）としての株式の「価格変動」にすぎず，株式会社の実在的な資産の実質価値を示すものではありません。

　一ノ瀬秀文大阪経法大客員教授は，アメリカ流の「株価資本主義」の意味について，次のように指摘しています。

　「株式という一片の紙切れにつけられる価格の変動に全米（あるいは世界）の人びと，企業や産業，金融機関の命運がかかるような経済，それはもはやリアル・エコノミーではなく『倒錯』した，虚偽と詐術の経済である」（注1）


◆金融安定化法で，時価会計を凍結

　10月初めに成立したアメリカの「金融安定化法」は，SEC（アメリカ証券取引委員会）に時価会計凍結の権限を与えました。これを受け，SECは，緊急措置として時価会計の凍結を認める会計基準の新解釈を公表しました。

　時価会計とは，企業が保有する株式などの金融資産を貸借対照表に記入するさいに，取得したときの価格で評価する原価主義ではなく，決算時の時価（＝市場価格）で評価することです。

　時価会計は，企業価値を株価の時価総額ではかる「株価資本主義」の前提となっている会計思想です。ですから，時価会計を緊急措置であれ凍結することは，「株価資本主義」の事実上の敗北宣言を意味します。

　「日経」紙の末村篤特別編集委員は，時価会計凍結の意味について，こう述べています。

　「投資銀行が担った金融文化の特徴は，あらゆる資産を市場取引の対象とするために，価格を時価で評価する会計思想である。市場価格がないものにまで『時価』を付ける『現在価値革命』の暴走と挫折が，投資銀行を葬り去った」「行き過ぎた市場主義の問題の根は深い」（注2）

　この指摘は，時価会計の思想的根源への批判として，正鵠を射ています。

　今回のアメリカ発の金融危機は，たんにアメリカ型「金融モデル」を推進した投資銀行の破たんにとどまらず，アメリカ流企業経営の会計思想，アメリカ流資本主義の前提条件にまで及ぶ構造的意味をもっています。


（別項）

　架空資本（擬制資本ともいう）　株主が最初に払い込んだ現金は現実資本に転化するが，その後，その株式が株式市場で流通するときには，将来の利潤にたいする請求権（所有権証書）を意味するにすぎない。

　株式の市場価格（株価）の変動は，実体経済の場で機能している現実資本の価値の変動を示すわけではない。その意味で，有価証券としての株式は，配当額を利子率で評価したときの資本価格を示す「架空資本」である。


【参考】

　（注1）「90年代アメリカ型『株式資本主義』の大きな曲がり角」（『経済』2002年9月号）

　（注2）「現在価値革命の暴走と挫折」（「日経」2008年10月7日）。