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熟年離婚で  幸せ家賃込み10万円UR団地生活

熟年離婚で 幸せ家賃込み10万円UR団地生活

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2015.08.14
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カテゴリ:持病、喘息など
母との生活を初めて2か月余り、35年ぶりの一緒の生活は、
ストレスが無いわけでは、ないけれど元夫と生活するよりは楽だし、
楽しい!もちろん母がまだ元気だからです。

健康に気をつけてお互い小康状態でいることが、自分にも娘達にも、
妹弟にも一番いいことだと思う。
初めの1か月保険証が無かったので、病院に行かなかった。
高血圧だったが、薬を飲まなくても
上がずっと120前後で下が80前後 これ正常範囲内では?
半年間の都心での別居生活は、天国だったし!
もともと160で
引っかかり医師にかかり、降圧剤を飲み始めたが・・・・
軽い方だし生活改善で良くなると言われました。

今は、よく眠れる、時間に追われることもない、
ピリピリ、ドキドキ、がっかり元夫の言動、顔色をうかがうこともない。
酔っ払いに悩まされることもない!
タバコの煙やストレスで喘息になることもない。

食事もなるだけ健康食になるよう気をつけている。
母に合わせスローライフ、殆ど毎日自転車で買い物に行くが
そこの道中の自然いっぱいの景色や手入れの行き届いたお庭を観るのが
楽しい。都心より環境は良い。
我がまま3世代のかなり気ままな生活をしています。

健康に無頓着な元夫は、家族の心身も大事にしない。
毎回車でデートだったのでお酒を毎日1升飲む人だとわからなかった。
喘息の持病があると何度も伝えていたので、
当然結婚後もタバコは私の前では吸わないと思っていた。私甘すぎる。

二回断ったけど、持病があることで心配した母が こんないい縁談は滅多にない
三男で義父母の介護は、無いだろうし・・・確かに無かったけど・・・
亡実父は、たばこは吸わずお酒も御ちょこ一杯程度だったので、そっちが
認識不足でした。

元夫は、狭い新居でタバコを吸い、すでに酔っぱらって帰宅する毎日
嫌だし怖かったです。赤鬼のようでした。でも朝になると優しいのです。
ジギルとハイド・・・
慣れない結婚生活で、私は体調不良、高熱がでて医者に行きたかったのですが
保険証がありませんでした。喘息の発作の時も困りましたが、
「ぜーぜーヒューヒューうるさい!」「咳が凄くないからお前のは喘息じゃない」
「お前のかかわった医者は、金儲けの藪医者!」
粘液で気道が狭くなって息が吐けない・・・呼吸ができない・・・
苦しくて、涙が溢れる、落ち着いて!落ち着いて・・・ひひふーひひふー腹式呼吸で
なんとかわずかな呼吸を続ける。一晩が長い・・・まだ死にたくない、
それだけしか考えられなかった。

「子供を産めたので 弱くない」まあそうだけど・・・
とにかく自分の身は自分で守らないといけないと思いました。

元夫一升酒を飲みタバコを吸い、油もの、濃い味が好き!
それを続けていたら、どこか病気になるでしょう。
義父さんの様に脳卒中で寝たきり長患いが一番困ります。

軽い肺気腫の時は、医者の前では「酒、煙草やめます。やめます。」
でも口だけ、依存症の元夫がやめるのは大変でしょう。
肺気腫・・・喘息と同じように呼吸が苦しいよ。ボンベ引きながら
酸素吸入の生活だよ。

元夫無収入で 危機感でわたしWワーク、
弱体の私へとへとだし、鈍感な夫が気づくほど痩せました。
泣きながら「お前が頑張り過ぎるから、俺もがんばらないといけない」
体張ってやっと転職を決めてくれました。
私、気が抜けてダウン両方の仕事を失ってしまいました。
頑張り過ぎるのはよくない。

元夫白内障になり、手術待ちで3か月殆ど家にいた。
辛い辛い、老後二人きりになるのが怖いと思いました。
やっと手術の順番が来て。のびのび仕事再開のころ
元夫の年金のお知らせが来て国民年金未納の時がいっぱい!

何だろう、元夫あちこち、いい加減で私と娘が頑張っても頑張っても
足をとられる、夫婦合わせ鏡、同類なのかもしれないけど・・・
絶望感でいっぱい!もう頑張れないよ!

私は心身おかしくなりました。
鬱になってたと思います。
食欲が無くなり、パスワード暗証番号忘れ、
出かければふらふらホームから落ちそう!
夕方ぐったり、雨曇りというだけで落ち込み泣けてきました。
それでも、家事と内職はしてました。

離婚を本気で考え始めた時、
大腸がんの疑いで入院、本人も私も覚悟しました。
もう離婚することもできない、
元夫の介護の日々が始まると本気で思いました。
良性で運よく退院。

俺より先に死ぬな、面倒見てくれと言われたけど・・・
介護というのは、大事にされてできるものだと思う。

喘息の大発作の時も知らん顔、長女が泣きながら助けてくれた。
この時、夜間休日対応の救急病院に行き、点滴治療を初めて受けた。
重症だったので普通の倍・・・
即入院がケロッとするほどよくなりました。結婚後自力で治してたので
(危ない)薬がよく効きました。

主人を連れて病院に来るように言われましたが、
その後も同行することはありませんでした。
無駄な医療費は、出す気が無いので、おのずと私です。

元夫のなかで妻は、持病持ちであってはいけない、
自分に都合のよい女性でないといけない!
発作で苦しんでても、明日は元気になっているはずだから
見ないようにすればいい・・・・

愛情は、ほとんど無いけど、
離婚する気力体力がなくてずるずる生活してたと思う。

元夫の方から離婚を決心する印籠を渡してくれました。

還暦離婚は、ほんとに大変でしたが、落ち着くと
私の場合、してよかった!心身に悪い生活はもう嫌です。
今は健康的な生活だし、解放感でいっぱいです。


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日記を読んでくださって ありがとうございます。

離婚に関する日記を見たい方2014年9月22日から2015年3月25日まで
30年あまりの結婚生活が130回にわたり記されてます。自分でもびっくりな結婚生活です。
悩んでる方、参考になれば幸いです。でも熟年離婚は、よほどでない限り、お勧めしません。



















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最終更新日  2015.09.01 05:11:14
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