ゴルドベルク変奏曲 by ジャン・ロンドー
ジャン・ロンドーが「Imagine」と題された父バッハ作品のアンソロジーでCDデビュー(2015年)してから、すでに7年が経過しました。この間、2017年には父バッハと息子ヨハン・クリスティアンのハープシコード協奏曲を入れた「Dynastie」というCDを出していますが、表題のCDはバッハの鍵盤独奏曲の録音としてはデビューアルバム以来になります。しかも、ゴルドベルク変奏曲といえば、バッハ晩年の代表作であり、発売前から注目されていたところ、今年2月についに発売となりました。(2019年11月に行われた彼の東京でのリサイタルにも取り上げており、このところお気に入りのレパートリーのようです。)そこで、ロンドーウォッチャーの亭主としては、早速これを落手してこの週末じっくり拝聴することに。とはいえ、CDのライナーノートを眺めると、例によってフツーのそれではありません。発売元の宣伝記事では、彼がゴルドベルク変奏曲を「沈黙への讃歌」と考えているらしいことが紹介されていますが、実際にライナーノートを開けてみると、楽曲名とCDトラック情報を記した数ページに続く左右空白のページの右側中央に、小さく「[silence]」(沈黙)とあるのみ。さらにページをめくると、同じく左右空白ページの右側中央に、今度は小さく「[stille]」(静寂)とだけ書かれています。後のページにはロンドーの(例によってムサくるしい感じの)モノクロ写真と、録音に関わったスタッフへの謝辞、および録音に関する技術的情報が記されておしまいになっています。亭主がHMV経由で落手したCDは、どうやらワーナーミュージック・ジャパンが扱った輸入盤だったらしく、付録として矢澤孝樹さんの長大な解説記事(お題は「静けさへの讃歌」)を収めたリーフレットがついていました。こちらもなかなかの力作ですが、くしくもその能弁さとロンドーのたった二言との対比が際立つ感じになっています。さて、肝心のロンドーの演奏、亭主にとっては大変面白く、2時間弱という長尺にもかかわらず全く退屈することがありませんでした。理由としては、やはり変奏によってテンポの取り方が大きく変化していること、繰り返し部分で新たな装飾が加えられること、さらには即興的な要素も随所に取り入れられていることで、「次の変奏はどう料理するんだろう…」というワクワク感が尽きない点が挙げられるでしょう(オラフソンがどこかで引用していた「Bach is a free country!」を実感)。ロンドーの演奏を聴いた後では、誰の演奏を聴いても「型にはまった」ような印象になってしまうこと請け合いです。(実際、亭主はロンドーのCDを聴いた後で、やはり長尺で有名なクラウディオ・アラウの古いピアノ演奏を試しに聴いてみたところ、どの変奏も同じようなテンポで弾いているように聞こえ、途中で切り上げてしまいました。)あともう一つ、やはり特筆すべきなのはそのゴージャスなハープシコード・サウンドです。(こういう音を聴いてしまうと、コンサートホールでのハープシコード・リサイタルの限界を感じさせられます。)使用楽器はJonte Knif & Arno Pelto製作のジャーマン・モデル(2006年)、録音場所はパリ、ノートルダム・ド・ボンスクール教会とありますが、これは彼のデビューアルバム以「Imagine」と同じです。さらに、エグゼティブプロデューサーAlain Lanceron、プロデューサー・録音技術者Aline Blondiau、調律師Jean-Francios Brunといった面々も重なっており、チーム・ロンドーが再結集した様子が窺えます(彼らに特段の謝辞を送っている理由もこの辺にありそう)。ちなみに、ゴルドベルク変奏曲のライナーノートでは、表紙の裏に現代フランスの詩人、クリティアン・ボバンの文章からの引用” […] les Variation Goldberg de Bach, c’est le feuillage-univers, le poumon des étoiles surprises dans leur sommeil. […]”(バッハのゴールドベルグ変奏曲は宇宙の紅葉であり、寝起きに驚く星の肺である[DeepL訳]…何とも謎めいた直喩)が掲げられています。実は「Imagine」のライナーノートでも、冒頭にボバンの文章”Sans Bach, nous ne saurions pas ce qu’un moineau pense”(バッハがいなければ、スズメが何を考えているのかもわからなかっただろう)が引用されている、という共通点があります。要するにこのCD、彼のデビューアルバムの続編、という位置付けなのかもしれません。