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テーマ:温泉について(1666)
カテゴリ:その他の山形の温泉
青松館のご主人から道を教えていただき、車を走らせることおよそ3~4キロ、評判の大ケヤキはなんと小学校の校庭に聳えていた。
ケヤキといえば仙台の定禅寺通りの並木も仙台っ子の自慢であるが、この大ケヤキは文字通り、一本勝負!! 心に抱いてきたイメージを遥かに上回るこの存在感。 何だこれはーっ! 東根市の観光サイトによれば、 ::::::::::::::::::::::::::::::::::: 近年、市当局の事業で老木樹勢活力のため、植物学的に環境改善がなされ、県立林木試験場の大津正英農学博士によれば、樹齢千五百年以上であり、今後、数百 年は樹勢ますます盛んであって、全国の「ケヤキ」番付の「東の横綱」の座が保障できよう、と太鼓判を押されたと聞く。とかく老樹・巨木のたぐいが邪魔者扱 いにされ、次々と姿を消していく昨今、まことにうれしいニュースである。 :::::::::::::::: ではそもそも東根市とは、いかなる成り立ちの街であったのか? これも観光サイトから引用。 ::::::::::::::::: 東根は歴史の町であり、正平2年(1347)今から643年前、小田島長義が始めて、この地に東根 城を築城したと伝えられ、その後、坂本氏、里見氏が代々城主となり、元和8年(1622)最上家改易に伴い東根城も廃城、寛文元年(1661)に城は破却 され、その跡地に愛宕神社が建立、周辺は畑地となった。 江戸末期の松前藩東根陣屋絵図をみると、現在の「大ケヤキ」と明治18年に枯れたといわれる「雄ケヤキ」の他に、旧本丸、二の丸周辺に「ケヤキ」22本が植栽されていたことがわかる。 今、古い時代からのケヤキは「東根の大ケヤキ」と宮ノ前三叉路の安達勇家のケヤキ(樹齢約800年)だけである。小学校の大ケヤキは、これまで入学、卒業していった児童生徒の心の支えであり、かつ希望のシンボルでもある。 :::::::::::: この木を毎日眺めて育つ東根児童はきっと、優しくスケールの大きな人物に育つだろう。 そうだといいな。 私のつたない写真では、このケヤキのパワーは伝えることができないので、ぜひこの地を訪れた際にはこのケヤキに会っていただきたい。 このケヤキのすぐ近くに、「龍造寺沼公園」が整備されており、なかなか優美な空間となっている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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