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テーマ:温泉について(1667)
カテゴリ:東北以外の温泉
故・池波正太郎氏はリアリティと情感あふれる時代小説で今も多くの読者を魅了しているが、エッセイの達人でもあった。
特に「やど」を見る目のやさしさ、厳しさ、明晰さは格別で、私も本がぼろぼろになるまで読みふけったものだ。 伊豆の地は私もこれまで4回ほどは訪れたことがあるが、大仁はいつも通過するだけだった。 主要道路ぞいからみる大仁はありふれた地方都市であり、しかし、ここを通るたびに、(この地にあの大仁ホテルが建っているんだ)という思いがしなかったことはない。 恐らく、そのホテルと周辺は別天地なんだろうと想像していた。 それは池波氏のこんな記述にも影響を受けていたからだ。 *************** 大仁ホテルの離れへ案内されたとき、私は自分の目を疑った。 (こんなことが、あるだろうか・・・?) 四十年前に泊った離れが、そのままに残っていたからだ。 変転きわまりなかった日本の、この四十年間に、持続の美徳を、そのままに具現しているかのようだった。 ・・・・ むかしからの常客は、ゆきとどいた、しずかな、余裕のある日本家屋で、むかしのままのサーヴィスを料理をたのしむことができるし、新しいファンも増えるばかりらしい。それでいて本館は、どこのホテルにも負けない洋室と和室があり、ステーキを出すグリルもある。 ・・・・ 大仁ホテルの女中さんは、このホテルのオーナーである会社の社員になっている。誇りをもって仕事をし、勤続の年月も長い。 ・・・・ 時代の激しい変転と共に、温泉旅館の経営がむずかしくなってきて、近年は、何処も彼処も手をひろげ、形だけは大きく、メカニズムの正体を知らずに、これを追いかけまわし、一歩、中へ入って客となれば、 (もう二度と来まい)と、おもわざるを得ないような旅館が多くなった。 ー「よい匂いのする一夜」、池波正太郎、1986 *************** この本は実家にも一冊あるのだが、先日急に読みたくてたまらなくなり、書店に行って買い求めた。 私は大仁ホテルが今も池波氏が目撃したとおりの経営を続けているなら、いつかは泊まって氏の思いを追体験してみたいものだ、と思い楽天トラベルで調べてみて衝撃を受けた。・・ ああ、ここにも「経営がむずかしくなってきて・・」の波がとうに訪れていたのか。 なんと「365日同一料金、飲み放題付きバイキングプランが8800円と超!破格なお値段で提供中。」というキャッチフレーっズが。 まるで、ナルシソ・イエペス先生が場末の飲み屋で「流し」をしているのに遭遇したようなショック ・・である。 もちろん、「流し」そのものは立派なプロであるが。 しかし、ここまで価格を下げるとは、一体何があったのだろうか?? まさに諸行無常である。旅館の経営というのは大変なことだろうと思う。自分の生活だけでなく、多くの従業員、常客にも大きな責任を負っている。客の要求や経済情勢は絶えず変化する。しかも、難しい方向にのみ・・。 だから、生き残りにどんな戦略を描いても、それを責めることは部外者の無責任な感傷であろう。ただ痛々しいだけ。 「「旅の者心中」の材料はね、山中温泉の、よしのやという宿へ泊まったとき、湯女の竹尾という女から聞いた事実談なのだよ」と、長谷川伸氏が池波氏に語り、あこがれを持ったという「よしのや依緑園」も二年前に経営破たんし、営業を停止している。 この随筆に描かれている旅館やホテルの一体いくつにこの先泊まる可能性があるだろうかと考えると、少し陰鬱な気分になった。 しかしもう一人の自分は、「このホテルに8800円なら泊まらにゃ損!」と耳元に囁きかけている。トラベルでの客の評価はすこぶる高い。そりゃ、そうだろう・・。 大仁温泉 大仁ホテル お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Jul 19, 2009 09:36:19 AM
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