着いた途端、ニコニコと極めて感じの良い女将が現れたとき、これは久々のホームランと直感した。
すべての客室の眼下に、本当に間近に、小国川の清流が滔々と流れ、つがいの川鳥たちがときおり飛び来てはかわいらしい仕草を演じ、それだけでも私など狂喜するのだが、さらには、陸羽東線の疾走を川向うに望めるのだから、これはもう値千金のロケーションと言わねばなりますまい。
ただ、宿はこの稀有な立地を、あまりメシのたねとは思っていないフシがある。
ネットでも、あまり強調していないのが惜しい。もしかして、川沿いでない旅館に遠慮しているのかも・・(きっとそうだ!)。
建物は1Fがピロティの駐車場、外階段を上がって玄関という造り。
どことなく高度成長時代の名残りも感じるが、私はこういうのは断じて嫌いではない。というかフェチです(笑)。
いろんなことがあった、多感な青春時代を振り返れるから・・なんちゃってこのオヤジ。
館内はすみずみまであきれるほど、神経質なまでに清潔。ボロさがないのが口惜しい。ピンクのダイヤル式電話だけが、ゆかしい時代の語り部だ。
通りがかりに扉があいていたのでちらと厨房を見たらあまりにもピカピカでびっくりした。
少し打ちのめされた。こういう宿なのかと。
部屋でしばらく景観や自然の息吹を堪能し、体を冷やしたのち風呂をいただく。
檜造りと御影石/鉄平石造りの二種の趣向、どちらも抑えが効いていて上品だ。
(写真は楽天トラベルより)
檜風呂も写真で見るよりだいぶ広いが、石造りのほうはさらに目いっぱい広いと感じる。
泉質もまた清らかで、肌触りのシルキーさは極上である。瀬見の人情に共通する気がする。
檜のほうは湯舟だけでなく天井まで貼られており、つい維持するのが大変だろうな・・じゃんじゃん流されるこのお湯も・・と貧乏性な心地になる。
でもきっとこのあたりが、小規模温泉旅館の矜持なんだろうなとも思いなおす。
近隣を散策してきますというと、女将がさっと走ってマップを持ってきて、図を広げて「ここから、ここまでで全部なんですう・・」とさも申し訳なげなのがおかしかった。
「ハハハ広さじゃないよ、深さだよ!」と私は高らかに力説したかった。
が、瀬見温泉エリアは確かに、散歩するとあっという間だった(笑)。
風趣豊かで、写真の被写体にはこと欠かないが。
マップは良くできている。いつも、最上町の役所は様々な取り組み、本当によくやっていらっしゃると思う。どの刊行物も、センスが際立っている。仙台市の観光交流部長がかつて、最上町はとても参考になりますと言っていたっけ。
瀬見の空間を支配しているのはやはり文化財である「喜至楼」であろう。
いつ来てみても圧倒される。この存在があっての瀬見なのだろうかと思う。そしてそう頭をよぎるたびに即座に打ち消すのも常だった。
いや、瀬見はすごい、本当の本物が集い、頑張っているのだ!
そしてこの「ほてい屋」だって、その重要要素に違いない!
そんなことをつらつら考えながら少し疲れて部屋に戻った。
2泊目の昼、何を食べようかと思った。朝からしこたまビールを飲んでいるので、近くの「ヤナ茶屋」に行くことはできないなあ・・かつ丼を食うかなあ・・中居さんたちにボヤいていたら、笑みをそのままに申し合わせたようにスーと消えてゆく。
ボヤキ長すぎてて嫌われたかと鬱々と自省しつつ何となくそのまんまにしていたら、女将からキャピキャピした声で「やまやさん、かつ丼届けてくれますって!」と電話が来た。
腰が抜けた。
チンギス・ハーンの情報網かい(笑)!
・・・こんな旅館、ある?
私は伝説の「やまや」の女主人(ほぼ90歳)に、部屋まで出前していただくという栄を賜った。
(ご本尊がぬっと現れたとき、まさかそんなと、ちょっと狼狽した。)
私はご主人に感謝するとともに、自身の怠慢を少しく反省した。
母親と同じくらいの歳ではないか!この親不孝者!(この際関係ないか)
壁に頭を叩きつけた(嘘、刑法261条 器物損壊罪になる )。
でも仮にぼっこり隣の部屋まで穴をあけてしまっても心優しい宿の方々は許してくれるに違いない(いやいや・・)。
そして、今度はきちんと自分から食べに行こうと心に誓った(本当)。
やがてカツ丼は、人情のたれもしみていて涙が出るほどうまかった。
夕食の時間である。
ここの料理は量・質ともに大変定評があるので、半ば恐れ、もちろん楽しみにしていたが、仲居さんが不敵な笑みを浮かべて何らかの儀式をするような風で机を広い部屋の隅まできっちり押し付けるので、スワ何事かと思ったが、・・やがて巨大なお膳が運ばれてきた!
色どり豊かな器もいいが、小鉢一つとってみても念力が入っていて味わい深い。
鍋物に質の高いぶどうエビを投入する暴挙に感動。
でも採算取ってくださいね・・・。
この上下は2泊目の一の膳と二の膳。この下の煮魚の名前は忘れたがホクホクと身離れが良くあまじょっぱさが適度で激うまだった。ただ顔がかわいいのでごめんねと謝りながらいただいた。
「食べ物はみんな生きていた」という本を思い出す。
また写真のパイのスープは・・かと思いきや、スジ肉のたっぷり入ったビーフシチューが仕込まれていておいしいサプライズだった。カニは嬉しい。たとえ火事にあって逃げ出しながら食ってもうまいと思うと思う(バカなの?)。
う~む、これはご当地ゆかりの弁慶でさえ、「かたじけない!」とひれ伏す量と質ではあるまいか。
山中なのにお造りがうまいと思ったら、ここは日本海と太平洋の中間地点に位置するため、どちらの魚介もおいしくいただけるのだとか。
とにかく素材の質を重視している姿勢がひしひしと伝わってくる。
帰り際、駐車場に置いた車の積雪を払っていると、女将が完全武装して助けに来た。
天真爛漫な笑顔を携えて。
後光がさした。それは瞬間、一幅の絵となった。
凄い宿だなと思った。
この世で「心映え」ほど尊いものはない。本当に来てよかった。
小ぶりでゴージャスでも最新鋭でもないこの宿が、ホスピタリティを極限まで高めることにより、「いいことづくめ」の旅館を成立させているお手本ではないか。
この旅館には、通い詰めるかもしれない。
でもそうすると、このブログが連続しないよね。
まっ、いっか。