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さっき ぼーーーっとしてたら思い出しました
昨日ヨンちゃんにきいたお土産リストのひとつに なんと 『鹿肉の缶詰』 入ってたそうです…ド━━━(゚ロ゚;)━━ン!! 鹿肉…イメージとしてヨーロピア~ンな狩猟なかんじ?(*´∇`*) どっちかってーと奈良公園?(*´∇`*) すいません あたし生まれてこのかた『鹿肉』にはとんと縁がありませんもので… てか マツタケ といい もらっても困るっつーの(;´▽`A`` だって あたしゃ マツタケ 大嫌いなんだもん (○`ε´○)プンプン!! ましてや鹿なんかどーしたらえーんだ 大人になって一人暮らしをするようになり 最初に驚いた事は スーパーで 鮎 が売っていた事だった その次には 栗 マツタケ をみて 度胆をぬかれた (なにρ(・д・*)コレ…… マジデスカ?) と思わずガイジンになってしまった程で その金額に目眩すら覚えた 鮎 栗 マツタケ イチジク アケビ 梨も柿も もちろんお米も ましてやお茶だって とにかくすべて 実家でとれたんだもん 当然 無料 ちなみに実家は農園はやってないんだけど それを当たり前だと思って育ったあたしには スーパーで並んだそれらをみて いまだに 軽くショックを受ける時がある あたしの実家は 田舎だ しかし ドが つく田舎ではない なにしろ日本3大都市のひとつより 車でなら1時間30分~2時間程で到着する 昨年は近くに某テーマパークが出来たおかげで(?) インターも開通したので さらに時間は短縮したと思われるのだが あたしがコドモの頃には 連休には3日3晩の大渋滞を引き起こす主要国道が1本と 普通しか停車しない為1時間に1本どころか 昼過ぎから夕方まではまったくこれっぽっちも電車のこない 本線とは名ばかりの国鉄(現JR)しか交通手段はなかった 路線バスはとうに廃止されていた そんな中 渋滞もなんのその シーズンになれば我が実家には 父親の兄弟姉妹にそのつれあいやら子供達やら 集まってくる その数なんと 総勢40人前後 正月にお盆は当たり前 春のお祭り 秋のお祭り そして それぞれの食べ物のシーズンである 当然 いくら多少大きい家だとはいえ 実家は本来の住人であるはずの あたしや弟などいる隙間もなく それどころか庭に急ごしらえに設置された かまどの火の番を命じられたものだ とくに マツタケ には 苦しめられた 2キロ程離れた小学校から徒歩で帰って来ると その日は何故か玄関が閉っている 戸を開けようと近付いた瞬間 ぷ~~~~~~~~~ん と かおる あの独特のかおり… (、、、今年も遂にきたかo(T^T)o) 覚悟をきめて 思いっきり玄関の引き戸をあけると 10帖ほどあるうちっぱなしの玄関は もはや足の踏み場などまったくない程に 『マツタケ』 に 占拠されていた その においたるや 思わず息をとめる程である (くっさーーーーー!!!!!!(T△T)) マツタケ を踏まぬように下に敷き詰められたシダの緑を ホップ!ステップ!ジャンプ!⌒v⌒v⌒v⌒ミ(ノ ̄?)ノ と 必死で通り抜け ようやく 内扉に近付くことができる しかし苦難はこれから始まる ごはんを食べようにも 家中全てどこもかしこもマツタケのにおい一色であり そのあまりの『マツタケ臭』のために 今なにを食べているのやらもはやワカラナイ (今思えば母も 気転を利かせてカレーでも作ってくれてれば…) そのうち 元々食の細かったあたしは すっかり食欲が無くなる しかたが無いのでテレビでも…と思うのだが もちろんその部屋も『マツタケ臭』は先回りしている 落ち着いてみている事もできやしない しおしおとお風呂に入り自分の部屋に行くと さらなる悲劇が待ち受ける あたしの部屋は 玄関の真上だったのだ 明治に建てられた実家は大きいものの古く隙間だらけで 通気のよいことこの上ない そのおかげで 情け容赦ない 窒息して死ぬんじゃないかと思った程の 『マツタケ臭 地獄』の完成だ 。。。。。。。眠れる訳がない 元来不眠症気味の子供だった あたしは 一晩中その「臭い」に苦しみ もだえ ひたすら 朝を待ち望んだ ようやく うとうと…とした頃には 「叔父さん叔母さん来るから早く手伝わんかい!!!(by祖母)」 と 叩き起こされた 、、、、朝もはよから (今思えば渋滞を避けてきていたのであろう まったく迷惑千万である) 押し寄せ我が物顔にふるまう親戚連中の邪魔をしないように ひたすら小さくなり 自分より小さいイトコの面倒や 水汲みやかまどの火の番など ただただ働く一日の始まりである 親戚一堂はこの『マツタケ』を思う存分にたいらげ それぞれお土産に持ち帰り 上司や御近所へのおつかいものにするのであった それというのも 当時実家は マツタケ山を所有していたのだ 工場を経営していた父は売るなどという気は毛頭なく 気前よく自分の親戚に毎年ふるまっていた 例え売りたいと思っても 我が家のゴッドマザーの祖母ワカエが許さなかったに違い無い その山は祖母の名義だったからだ 中学になると あたしは祖母に連れられて その山へマツタケを採りに行く手伝いをさせられるようになった 大ッ嫌いなマツタケも 山の空気の中では 臭さも緩和され そこそこ楽しかった記憶がある ところが あっけなく我が家のマツタケは終焉を迎えた あたしが高校を卒業する年 毎年と同じように祖母とマツタケ山にいってみると そこは すっかりむき出しにされ乾いた地面に 無数に空いた穴が待っていた 盗まれたのだ 盗んだだけではなく マツタケは採った後 きちんと菌が死なないようにふんわりと 上からまわりの落ち葉や腐葉土をかけておかねばならないにも関わらず それをしなかったため 土が乾いてしまっていたのだ 祖母はがっくりとし 「こんな荒されて。。。もう来年は無理だ。。」 と つぶやいた 大学に進学したあたしは 最早 マツタケ採りに呼ばれることは無くなった なにより やはりそれ以来 まったく マツタケはとれなくなってしまったのだった その山は 今では ゴルフ場の一部になっている おととし ゴッドマザーワカエも亡くなり スーパーで マツタケを見る度に 今は昔の子供時代を思い出して少しせつなくなる るる なのでした でも この前のテレビでやってた 「トルコ(? イラクだったかもしれない)の人は マツタケのことを『兵隊の履き古した靴下の腐った臭い』と言っている」 をみたとき (;-_-)ノ[] ピンポーン♪ 深く (゚-゚*)(。。*)ウンウン と 頷きました いまだに マツタケを買う人の気持ちは理解できません(;´▽`A`` なんで みんな そんなに・・・・・・・・・((* ・・*)(*・・* ) スキスキィなの?? マジで理解不能。。。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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