南仏の煙突掃除屋さんに我慢強い客がアポを入れたら
古くて重い暖炉の掃除はフランスでは年に一回か二回は掃除をしたほうが良い、とある。仮に火事になった場合、煙突掃除屋さんがお掃除をした、という証明書がない、と火災保険がおりないそうです。とりあえず、もうそろそろ掃除をしておいたほうが良いだろうと、昔、お世話になった掃除屋さんに連絡を入れたら、もう引退したとのことで、別の掃除屋さんの電話番号をもらいました。その新しい煙突掃除屋さんに電話をしたら、じゃあ、来週の月曜日の午後4時に行きます、ということだった。が、月曜日の午後2時半ごろに、今日は行けなくなったが、水曜日の午後4時は大丈夫ですか、と連絡が。いいですよ、水曜日ですね。さああ、やってきた水曜日。もうすぐ午後4時だなあ、と思っていたら、その時、電話が。「あの、今日も行けそうにありません。木曜日の午後4時は大丈夫ですか」内心、うっそう、と思いつつ 「大丈夫です」と答える私。会社じゃないしね。切羽詰まっているわけでもないから、別にいいけれど。予定時間の寸前にことわりの電話。まあ、事務職じゃないしね、現場の仕事って思いがけないこともあるわよね、きっと、と自分に言い聞かせつつも、日本で同じようなことがあったら、平謝り攻めにあうシチュエーションかも、と思いつつ、電話を切った。夫は、ランチでワインでも飲んで眠くなったんじゃないか、と言っていた。いやあ、それにしても、何故だろうか、何しろ、電話の向こうの声はいたって「いい人」「なぜか妙に憎めないほど素朴で明るい」感じ。全然リラックスしている。日本では絶対あり得ないのでは、と思ってしまう。そして…その木曜日、午後4時を過ぎても煙突掃除屋さんはとうとうこなかった。しかも、何の連絡もない。なぜ、なぜだ。体調でも崩したのかな。ぎっくり腰になったとか。こういう仕事だし。古い暖炉は中身を少し出して掃除機をいれるのだけど、その中身がやたら重い。ああ、そろそろ、別の業者を探そうか。もしかしたら、電話番号の主も悪ふざけで答えていたのかも知れない。いや、いくら南仏とて、薪の業者はもっときちんとしていたし。と、いろいろ考えたが、一応、もう一度電話をしてみることにした。「ああ、僕、すっかり忘れてしまって」へ!? わ す れ た ...あまりにもあっけらかんとして言われると思わず笑いすらこみあげてくる。「明日、金曜日の午後4時行きますが、大丈夫ですか」ほんとうにくるんですかね、この時は半分以上もう信じてはいない。「大丈夫です」そう、我慢強い客は私だ。この電話の後で、自分はもうほとんど信じていなかったので、ネットですでに別の業者を探していた。もはや、来てくれたら奇跡。今回で最後にしよう、と思っていたので、念のため、予定の金曜日、午後4時ちょっと前に電話をしてみたが、固定電話番号しかなかったので、外出中なら、通じるわけがない。で、当然、留守電だった。その電話をして間もなく今度は煙突掃除屋さんが電話をしてきた。「お家、どの辺りでしょうか」と、電話をしてきた主の白い車が見えてきた。もう笑顔満面で出迎える私。昔、塾生が難解英語問題が解けた時のようにハッピーな気分に匹敵するものすらあった。で、その煙突掃除屋さん曰はく、まったく謝りの言葉はないが、もう半分マジ、半分ニコニコ顔で、「僕、昨日、3軒の家を回って、違う村に行ったあと、この近くまで来ていたんですよ。で、その後、すこーんと忘れてしまって」なんと近くまで来ていたのに忘れられたとは。面白い。半分マジ顔をしたのは、そこで暗に謝り、しかし、しでかしてしまったことだから、今更、時間を巻き戻せるわけではない、と思ったのかな、といろいろ考えてしまった。「僕は煙突掃除のほかに左官職人もやっています」「屋根の修理なんかもされているんですか」「それもやります」さて、以前、煙突掃除屋さんがきた時は二人組だったが、彼は一人だった。しかも意外に小柄。が、台などいろいろ道具を持ってきて、重い暖炉の中身も一人で何とか取り出して、すべて一人できれいにやってこなした。スコーンと抜けたけど、いろいろ知恵を駆使してる感じ。賢い人なんだ、と思ってしまった。夫も家で書き物をしていたが、時々、手助けがいるのでは、と聞いていたが、「大丈夫です」「ほんとうに全然大丈夫です」と言って断り、丁寧に仕事をこなしていた。兄弟で起業しているようで、ちゃんと会社名を手書きで入れて火災保険対象の煙突掃除終了証明書をくれた。思うに、実際に火事になったら、そういう証明書も燃えちゃうんだろうなあ、とは思ったけれど。その証明書を手渡してくれた時に、「僕がお掃除した家が火事になったことはないです」と一言。フランス式にチップを渡そうとしたら、滅茶苦茶、笑顔で拒否しまくっていた。ほんとうはコーヒーの一杯でも出してあげたかったが、あの非人間的に重い暖炉でぎっくり腰にでもなられたら困るなあ、と思い、いろいろソファの位置を変えたりして仕事がしやすいように動いていたので、お茶を入れるのをすっかり忘れていた。思うに正直な人だった。約束は2回敗れ、3回目はすっかり忘れられ、4回目でどうにか来てもらった南仏の煙突掃除屋さんだったが。