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カテゴリ:環境保護
なんとも愛らしい南極ペンギンが
南極まで流れてきたプラスティックのゴミの山の中に立っている。 そんなショックな写真を見たことがある。野生の動物が人間の出すゴミの中にいる。 人間の出すゴミ。澄んだ水が流れる美しい川に戻そうと運動を起こす人たち。 その一方でバイクに乗りながら、空き缶を投げ捨てて平気な人たち。 日本の田舎の水田に投げ込まれた空き缶がトラクターの故障の原因になる。 パリを流れて、ノルマンディを流れてくるセーヌ河の岸辺にも プラステッィクボトルなどのゴミが漂着している。 その岸辺で水を飲む牛の群れや白鳥や鴨の親子。 シラク大統領が昔、泳げるセーヌ河を目指す、と話していたらしい。 ほんとうにそんな日は来るのだろうか。 2003年インドネシアのジャカルタでもヨガカルタでも マーケットで出される黒いプラステッィクの袋がたくさん木にひっかかっていた。 人一人一人の問題意識である程度のゴミは避けることができるはずなのに、と思う。 それは、たとえば、日本とフランスでスーパーマーケットの袋が インドネシアほどにはあちこちに落ちていないというその差でも明らかだ。 政府が率先してテレビなどでキャンペーンでもすれば、すぐに改善され得る意識改善なのに。 インドネシアは珍しい果物が実る、まさに常夏の楽園。 美しいアンティーク家具を懸命に作る真面目なインドネシアの職人たち。 素晴らしい国インドネシア。 その一方で日本製排気ガス噴出バイクの公害問題に苦しむ。 すごいです。本当にのどが痛くなります。 日本で売れない砂糖入りチュ-イングガム販売による子供たちへの虫歯懸念、 (こういう国にこそ、キシリトール配合のような歯磨きガムを販売してほしいのに) そして、ごみに対する低い意識。残念だ。 日本でもドイツでも、一般市民が、義務的にゴミ袋を購入する対策を出している例がある。 住民にゴミをなるべく出させないための意識改善を呼びかけるためにも、よく出来た政策だと 政府の人は思うのだろう。私は、なんか変だなあ、と正直思う。 なぜ、スーパーマーケットの袋を有効活用できないのかなあ、と思う。 だって、結局、捨てているでしょ。穴もないきれいな白い袋を。 環境保護を呼びかけたいのなら、別のところで無料でゴミ対策に市民が参加できるように してもらえないものかなあ、と思う。 なんかいい方法ないのかなあ。 フランスでは、環境保護のためとスーパーマーケットの袋を削除してしまったところもある。 袋を有料で売っている。個人的には反対。ほんとうに環境保護につながっているのかなあ。 確かに人間、なんでもタダになると、それは無駄使いをするようになる。 その変の意識改善には一役かっているとは思う。そうはいっても、急いでいない時は、 あらかじめ、袋を用意して買い物にいくが、うっかり忘れてしまうこともある。 正直言って、不便なので、袋を出してくれるところに思わず足が向く。 それにスーパーマーケットの袋が切れると、わざわざ、ゴミ袋を購入しなくてはいけないので、 結局、最近は袋を出してくれるマーケットに行く回数が増えた。 スーパーマーケットの袋はこまめにゴミ袋に使う。 ある日本の町村で多額の費用をかけて不要な場所にアスファルト道路を 設置している例をテレビで見たことがある。 そんな余裕があったら、一般市民になるべく負担がかからないように税金で環境問題、 ごみ処理問題にあたってほしい、と思った。 また、埼玉県のある町を歩いた時に、町の中を下水の匂いが漂っていた。 町の中に流れる川に各家庭から出る汚水が原因だろうと思う。 町が下水問題を真剣に取り組んでいれば、あの町の人たちは、嫌な匂いに悩まされなくて すむのに、と思った。 パリの街でさえ、高級住宅街ナンバーワンで知られる7区でさえ、雨上がりは、 犬のおしっこの匂いがする。(どうでもいいけど、16区より実は7区だそうです) 街は早朝に水洗いのトラックを出しても、この始末。 幸い、香水を上手に使うパリジャンのお陰で少しは助かっているのかも、と慰めてみる。 また、通貨の高い国が、通貨の低いアフリカのような国にお金を払って、アフリカの海に 大量のゴミを捨てる。 日本でゴミ焼却時に発生するエネルギーを使って銭湯や温水プールを楽しめるように工夫を しているところもある。 一般家庭でも、生ごみを土に埋めて、豊かな土壌つくりをする人たちがいる。 また、家庭用の焼却炉を購入する感心な家庭もある。 できれば、その焼却エネルギーで、お風呂もわかせるシステムがついていると、 もっと嬉しいよね。ただ、燃やして終わりにするんじゃなくて。 あるフランスの家庭では、自然の風を使って電気エネルギーを起こす装置を購入し、 余った電気を電気会社に売って、ちょっぴりお小遣い稼ぎが発生することもある、 という家庭がテレビで紹介されていた。 昔は夏の水田に蛍が飛びかっていた。小さな小川のように流れる土の用水にはタニシもいた。 どじょうを見たこともある。 どうしても不思議なのは、最近の水田の用水だ。田舎にいくと、水田には コンクリートの用水がある。でも、その用水には、田舎の家庭から出る汚水が流れ、 やがては海まで流れている。 家庭の汚水を一箇所に集める浄化槽という手がある。 確かに農家って一箇所にかたまってなくて、水田の中に浮かぶように建っている場合が 多いので、用水と下水を両方設置するのは、費用がかかるとは思う。 でも、日本国民がおいしくて安心して食べられるお米を口にするために、農家の人間だけが 負担をかぶるのは変な話だと思う。 農薬は土壌の奥底に堆積していかないのだろうか。 この質問に答えられる人からのお話が聞けると嬉しいなあ。 昔、1996年に、ある医者が、お米作りで有名な新潟県や新潟県寄りの富山県の 農家からがん患者が結構多く出ている、と話していた。 農薬をまく時、吸い込んでしまう。小型ヘリコプターで撒く賢い方法も取られているが、 農薬が土壌に入っていくことになんら変わりはない。 なにしろ、雪解けの水でおいしい水の産地でもあるはずの県で、不思議な話だと思う。 貿易収支のバランスを保つために、米国のプレッシャーを重く感じながら、 お米を輸入する日本。 有機栽培のお米は量的にはたくさん取れないかも知れない。 でも、輸入をしなくてはいけないのなら、有機栽培にしてもいいのではないだろうか。 だ、だめかなあ。 でも、できれば有機栽培に全部変えてしまってほしい。 化学工場も、有機栽培用肥料を販売するとかで会社生命を保つとかできないのかなあ。 安直な私の素朴な発想で、化学者の方からは笑われるんだろうけど。 有機栽培用肥料って、要は、牛糞とか馬糞とかになるのかなあ。 あるいは、嫌な匂いだけ、取り除くとかしてしまうと、もう効力はなくなってしまうのでしょうか。 馬糞が販売できれば、馬を持つ牧場の人たちの収入源にもなるだろうし、 乗馬が一般市民の趣味として、もっと日本国内に広がれば、日本人の精神的豊かさの向上にも つながるし。ええ、犬猫同様に馬との交流は、それは大きな心の糧につながり…。 ただし、田舎の香水はすごい威力。 水田のど真ん中に家があると、匂いに悩まされることに。 一度、ジュラ山脈を眺める初春のフランスの地方を車で走っていた時、およそ30分くらい、 牛糞の香り漂う中を走るはめに。 広大な有機栽培地区だったのかどうか。 あまりにも今日は暑い日だったので、南極ペンギンがふと頭の中を泳いで行って、 こんなモノローグになってしまいました。 今日もあなたにとって素敵な一日でありますように。 lots of love よろしければ、ぽちっとプレスを。 人気blogランキングへ ありがとう!Have a nice day ! A+ ! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 17, 2017 01:57:05 AM
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