カテゴリ:エッセイ
映画との出会いがあったが、
田舎町のことではあり、 上映されていたのは まず日本映画が主だった。 だから、映画雑誌の華やかな 洋画の紹介があっても、まず 見る機会はなかった。 昭和30年前後の頃です。 その頃の映画ファンは|外国映画派|と |日本映画派|と二分していた。 今日から云うと考えられないぐらい 日本映画は健闘していたことになる。 黒澤がいて木下恵介がいて 小津溝口今井成瀬五所がいて 新人に増村が岡本喜が今村がいた。 映画雑誌は競って|邦洋|の シナリオを掲載していた。 これらシナリオは私には 第一級の映画資料だった。 そして黒澤明監督の― |隠し砦の三悪人|に出逢った。 黒澤に関心があったものの ひとつ理解できないものがあった。 この映画を立て続けに6回もみた。 そして映画の何もかもメモをした。 そして―メモからシナリオを組み立てた。 それはあくまでも|私の|鑑賞メモであり、 それが|シナリオ|の形になっていた。 私はその出来具合に満足した。 これが大きな誤解のもとだった。 私は|シナリオ|への関心に 拍車がかかった。 さらに映画を勇気をもって |誤解|した。 私のなかでいちだんと |映画|が|逆転| をはじめた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 26, 2005 07:10:17 PM
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