テーマ:よもやま話(656)
カテゴリ:地域のこと。
18日。 前夜、中学時代のチームメイトから呼び出しを受け、嬉々として出かけた下の少年。 明け方、皆で近くのこの辺で1番高いお山に登り、ご来光を拝んだのだと、 ハイテンションで 出勤する夫と入れ違いに帰宅し、夫に挨拶をし、 「 んぢゃ、お昼まで寝ま~す 」 鼻歌混じりで2階へ。 前日、私の出社日など、ハナから気にもしてない様子で、 「 もう1日滞在する 」と少年たちがいうので、 やむなく19日朝に、少年たち出立、私も出勤、と変更したのだったが、 その最後の日、 上の少年は熱心にレポートをヤっつけてるし、下の少年はひたすら眠ってるし、 私は 出社しても良かったんぢゃないの? ヽ(`Д´)ノ 例えレポート三昧でも、例え眠っていても、 少年たちが広島ではなく、この地に在る、というだけで、 上機嫌な義母の様子に、ま、いっか、、と溜息つきつつ、 その分、夕食をハリこみましょうかね(-_-)。 8月に入ってすぐの晩、夜中に独り、たくさんの消防車のサイレンを聞く。 もしかしたら近くなのかも、と 2階に上がって闇をすかして観たが、 よく判らず、隣町に出動したのだな、と それきり忘れていた。 その2日後の朝刊で、夫がうちの町内であったことを発見し、 それも上の少年の同級生のお宅であり、 その彼女が叔母さまと共に 焼死しておられたことを識る!!! 中学から広島市の私立校へ進学されたので、 上の少年とは小4から3年間だけのクラスメイトであった彼女のお宅は 10年前まで義母がよく通い、 私もよくお供に連れて行かれた鮮魚屋さんであった。 私の実家の母より2歳若い彼女のおばあさまと、 私よりお若い彼女の叔母さまと彼女の3人暮らしのご家庭で、 上の少年と彼女とはクラスメイト、というだけで挨拶ぐらいのものであり、 ご家庭の事情からPTAには全く参加されないし、 私は彼女のお顔をうろ覚え程度(゚゜)\バキ☆という、 我が家とは殆どご縁の薄いお宅であったのだが、 噂話だけは、イヤという程、義母から聞かされていた(-_-)。 扱っておられるお魚は、地魚中心でとても高かったが、イキが良く、 前もって注文すれば、そのお魚を仕入れても下さり、 大変美味で見事なお魚ばかりなので、長年、ここぞ!というときには大枚をはたき、 義母がとても贔屓にしていたお魚屋さんであったのだが、 段々と、買いに行く度、私立校へ進学した孫娘の自慢話や 孫娘の小学校時代の先生方への不満、悪口をめいっぱぃ聞かされることに 業を煮やし始めていた義母が、とあるお正月に買い込んだお刺身代金に、 あれこれ頼んでいないオマケが入れられ、15万円を越したことから立腹し、 以来、その魚屋さんへ行かなくなってしまっていたのである。 新聞には、お歳を取られたおばあさまに代わり、 叔母さんがお店を切り盛りし、学生である彼女が行商に行くこともあり、 ( 若いのに )よくできた女性であったことが書かれてあり。 この火事で、彼女と叔母さんが亡くなり、おばあさまだけが生き遺られた、と。 驚愕し、とりあえずお香典はどうするか、同級生たちで動くのなら代理で動くよ、と すぐさま上の少年にメールしたものの、 ご葬儀は既に終わっており、お宅は焼け落ちて、 独り遺られたおばあさまが 何処にいらっしゃるかも判らず。。。。 ご縁の薄かった私が、何をどうすることもできないのに、 ただただ お気の毒で、胸痛く、 強烈なる衝撃に、おろおろとやきもきとするばかり。 この日、義母から新たな情報が入ってくる。 ヤリ手なおばあさまが 一手に切り盛りされてた魚屋さんを 彼女の叔母さんである 娘さんに譲られたのは、 1度脳梗塞で倒れられ、要リハビリ状態でいらしたためであり、 以来、軽い認知症の症状も出て来ておられたからだった、と言う。 そこへ、この火事で、自宅と娘さんとお孫さんを喪い、 ご葬儀の挨拶その他は、ご本家さんが仕切られたものの、 誰もおばあさまを引き取られなかった由にて、 おばあさまは行き場がなく、寝る場所もない状態でいらしたところ。 町内の、このお魚屋さんの女性のお客さまが、血縁関係も全くないのに、 要介護状態でいらっしゃるこのおばあさまを引き取られた、と(T^T)。 この御方は町内の職場を定年退職され、姉妹で自宅を建てられたばかり。 新築のお宅の2階と1階に姉妹で分かれて住んでおられ、 ご自分のテリトリーである1階の1室に、 このおばあさまを引き取られた由である(;;)。 自分たちのことだけでぎりぎり精一杯である今、この時代に、 「 何をどうすることもできない 」どころか、 このような無私なる美談中の美談のようなこの御方に対し、 町内の介護施設から、 「 いよいよとなったら、うちで おばあさんの面倒をみましょう 」と 申し出られた由にて、 胸を撫で下ろしたい想いと、 そんなことがどうやったら可能なのか、という驚きと、 このおばあさまより私の母の方が2歳も上である、という不安やら。 これもそれも。 私がどうやっても馴染めず、嫌いで、憎んでさえいた、 この地の旧態依然とした「 ムラ 」社会のお蔭であるのか、と 頬を はたかれた想いがし、くらくらと想い惑う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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