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カテゴリ:読書
「朗読者」(ベルンハルト シュリンク)読みました。
何年前だったか単行本で出たときに読みたいと思い、新聞の書評を切り抜いてファイルに挟んでいました。 で、文庫本になったのを買って、またほったらかしにしていたもの。面白そうだけどなんか重たそうだしシチ難しそうだな~と。 それが読んでみたら、面白いのは合っていたけど、テーマは重いけど重ったるい書き方ではなく、どの人にとっても難しい問題を取り上げているけど決して難解な内容ではありませんでした。 非常によく考えられた小説です。 私は偶然にも、少し前に、浅田次郎の「シェエラザード」という小説を読んでいました。 これは日本の、第2次世界大戦中のハナシ。 あの時代の当事者の心情を、読者によりリアルに想像してもらうために、今の時代の登場人物がその当時のなぞを追う、というツクリになっていました。 今回読んだ「朗読者」も、同じく大戦中の、ドイツでの出来事が扱われています。そしてこちらでは過去と現在を繋ぐのは、少年と母親ほどの年の離れた女性との恋。 戦時中の日本とドイツには共通点が多いし。 それだけに、このタイミングで読んだ私はよりくっきりと、日本とドイツの違いを知ることが出来ました。 「シェエラザード」の視点には違和感を覚えるものの、ずっとこの日本で生まれ育ってきた人間にとって、「朗読者」の中で当然の前提としている戦争責任というものに対する考え方は、とても厳しいものだと感じました。 日本では、戦時中のこのような立場の個人に対して、その不作為を厳しく裁判で弾じるなどということはありえないと思います。 なにより戦後生まれの人間の戦争との関わり方は、日本とまるっきり違います。 ほかにも、この小説を読みながらいろんなことを考えましたが、たとえば、刑罰の意味とはなんだろう?とか。 本の中でも、その根拠となる「法」とはそもそも何を指すのか、など、書かれていましたが、どのような効果を期待して罰するべきなのか。 被害者の心情のため?加害者が罪を理解するため?だとしたら、ハンナの「あなたならどうしますか?」という問いに応えられない人が裁いても、虚しい。。 後半の女性の努力を見ると、なぜ女性が少年に朗読させたかという理由にもなる事柄を、もっと早い時期に解決できれば、まったく違う人生を歩むことが出来ただろうと思います。 何ごとも遅すぎることはない、とよく言われるけど、いやそんなことないよ、と私も切実に思う。 人の発達には適切な時期に適切なものを獲得していかないと、とんでもない労力が必要となるのです。 でもやっぱり、私は、誇り高くはありたいけど、それもほどほどにして、みっともなくても地を這ってでも生きていくど~と思いました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.12.26 18:44:10
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