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カテゴリ:読書
「日の名残り」(カズオ・イシグロ)を読みました。「わたしを離さないで」を買った直後に、古本屋で見つけました。
元々、この作者を読もうと思ったキッカケは、中島らもの娘さんがこの人の小説を読むと想像力が膨らむ、というようなことを新聞のインタビューで話していたのを読んだからでした。 また、先日読んだジェフリー・ディーヴァーの「12番目のカード」でも、読書好きな主人公の少女がこれまでに読んだ本のタイトルが並ぶ中で、この小説が出てきました。ぜひ読まねば、と思っていました。 映画にもなったので(私は観ていませんが)、どんな話かを書いても差し障りないと思いますが、特に事件が起こるなどストーリーらしきものがあるわけではありません。 執事の仕事を窮めることに人生をかけてきた老執事スティーブンスが主人公で、今回も回想形式になっています。 スティーブンスは、最高の執事とは「何か」と問い、それは「品格」にあると考えます。 そして、執事として備えるべき品格とは何かを、また考えつくします。 また、今のアメリカ人の主人にジョークを言われれば、自分も軽くジョークを返すのが執事の務めではないかと考えて、ジョークを学ぼうと真剣に考えたりします。 父親が亡くなろうという時も執事の仕事を優先するほど、自分自身のことは後回しにし、とにかく主人のためにすべてを尽くすことを優先する生き方をします。 読んでいて、日本の武士道という言葉が浮かびました。 日の名残りというタイトルは、ラストの夕方の風景を指しているとともに、主人公の老いや、古き良き時代から衰退の道をたどるイギリスという国の様子も指しているのだと思います。 今の時代に、こういう生き方をする人はほとんどいないと思います。 我が我がという時代であり、損得が何より大事な世の中です。 それでも、自分自身がこんな生き方をするのは耐えられないと思っても、こういう生き方が描かれているのを読んで、多くの人が尊いもののように感じ、この小説が支持されるというのは、なかなかこの世の中も捨てたものではないなと思いました。 品格とは何かについて、執事のスティーブンスと田舎の村に暮す人たちとで食い違いがあるのも、面白かったです。 スティーブンスのいう品格とは、その邸宅や主人の格を上げること、そのために相応しい振る舞いが身についていること、ということではないかと思います。 しかし、切羽詰った土壇場で、我をなくすことなく品格のある態度を取るとか、悪い社会情勢の中で経済的にも追い込まれながら最後まで品格を失わずに人生を送るといった、悪い状況でなりふり構っていられない状況だからこそ試される品格というものもあるだろうと思います。 そういった考え方の違いなどを描くことで、貴族と民衆には大きな隔たりがあるという価値観の世の中から、民主主義の世の中になり、物事の価値観が根底から変化していく中での、 そこに生きる人の心の動きや、心の持ち様が丁寧に描かれていると思いました。 また、老いについても、独自の視点に立って描かれていて、なるほどそういうものかもしれない、と思いました。 人生の経験が豊富になり、そこから素晴らしい境地にまで達して物事を深く考えられるのに、意識の及ばないところでミスが出てしまい、努力ではどうにも仕様のない無力感にさいなまれる。 そういう事態を正面から認めることが出来ないほどショックを受けながらも、悲嘆してばかりではなく、またジョークの習得のことを真剣に考えていたりする。 あ~あもう、と思いながらも、夕日に照らされながら老人になっても若い頃の熱心さを失わない姿勢に、明るい気持ちで読み終えました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.11.20 14:33:12
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