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カテゴリ:読書
「遠い山なみの光」(カズオ・イシグロ)を読みました。
カズオ・イシグロの初めての長編小説です。 戦後まもない長崎が舞台。 終戦によりそれまでの価値観や思想、社会的地位がガラッとひっくり返る様子が描かれています。 何という変わり様だ、めちゃくちゃだと嘆く人もいれば、やっと正しいことが言えるようになった、よくなったという人もいます。 読みながら、ちょうど今の日本が、この終戦直後の時期に次ぐ転換点だと誰かが言ったことを思い出しました。 また、今年の初めから今に続くアラブの春を連想したりもしました。 私は長崎には修学旅行でしか行ったことがなく、よく知りませんが、ここに描かれている、湿気と厳しい暑さや、戦後すぐの、次々に新しい建物が建ち復興しようとしている熱気、またその一方で一人ひとりの生活に深い傷あとが残る様子など、うまく描かれているように思いました。 しかし作者は5歳の時に長崎を離れてイギリス人として育ち、イギリスに帰化している人物で、この小説も原作は英語。 まるで日本人が日本語で書いたものであるかのように自然に読めるのは、雰囲気をうまく捉えた翻訳が素晴らしいということもありますが、作者が外から、日本という国や長崎という地、また東洋の世界について、見聞きしたり、そこからイメージした世界が、豊かで素晴らしいものだったからこそ、という気がしました。 その後イギリスに渡った主人公の女性が、娘の自殺を機に当時のことを回想するという二重の構造になっていなかったら、イギリスの小説だということを忘れてしまいそうです。 しかしイギリス人が書いた日本の世界だと思って読むと、確かにいかにもそれっぽいという気もしてきます。 会話は、言葉を濁したりはぐらかしたり、言外にこめられた意味を汲んで反発したり強がってみたり、とてもリアルなのに対して、細かい地理や情景はどこか曖昧。 また、人が動くと壁の影が動くとか、奥のほうにいる猫の様子がよく見えないなど、家の中の様子が薄暗く描かれていて、こういう「陰影礼賛」ぽいイメージが、日本ぽいのかもしれない、などと思いました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.06.08 00:02:22
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