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カテゴリ:読書
「ナイロビの蜂」(ジョン・ル・カレ)を読みました。
経歴を見ていつか読んでみたいと思っていた作者の本が、上巻だけ古本で見つかったのでしばらく前に買ったのですが、なっかなか下巻にめぐり合えず、観念して書店で買いました。 数年前に映画になったからだと思いますが、なんで上巻だけで読むのをやめちゃうかなーもう、めっちゃ面白いのにもったいない。 スパイ小説というものはイマドキ流行らないけど、この作者はそんな時代の変化もうまく読んで、高度に発達しすぎた資本主義、グローバリズム、経済至上主義的な価値観の台頭と倫理観の喪失などを、娯楽小説に上手に織り込ませています。 全体的にバランスがよく、細部まで目配りが行き届いていて、とてもよく考えられたストーリーだと思いました。 訳者はあとがきで、登場人物の一人が、冒頭の部分と中ほどとで主人公ジャスティンの声が変わっていることを指摘し、そのことにより妻の生前と死後とで、夫の内面が変化していることを表現しているところや、妻のブーツを小道具として効果的に使っていることを、指摘していました。 が、たんに小手先の辻褄合わせに終わるのではなく、ジャスティンとテッサのものの考え方のどういったところに共通点があって結びつられたのか、また逆にどういう相違点があって別に行動するようになったのか、妻の死後のジャスティンの行動がどういった思考経路から起こったものなのかといった、ストーリー全体を動かす動機付けに説得力があり、全体的にうまく筋が通った話に仕上がっていると思いました。 国家とはなにか、国家間の外交とは、外交官はどうあるべきか、人道主義の問題点といったオカタイ事柄について、登場人物に語らせているところも興味深かったです。 特に、イギリスの外交官は赴任地ケニアの抱える問題には目をつぶって、本国イギリスの利益になるようにだけ行動していればよいのか?という類いの問題は、先日読んだ米原万里の本に、佐藤優の著作への批判として書かれていた問題にも通じるものがあり、面白いと思いました。 曖昧な記憶ですが…、公務員の仕事は、時の政権の方針を是として、上の命令に従うべきものだという佐藤優の文章に、一人ひとりの独立した良心に従ってその命令の是非を判断すべきで、盲目的に従うのみと考えるのはおかしいのではないか、と指摘していました。 この小説の中でも、「制度」の中で働くとは制度の嘘を受け入れる義務があるのではない、制度を元あったところすなわち真実の側へ戻す義務がある、という言葉が出てきます。 「外交官」というと特殊な感じがしますが、結局、組織に属する人間の誰にでも当てはまることなのではないかと思います。 話の結末は詳しく書くとナンなのですが、ま、結局、正義の道を進む者は悉く痛い目に合い、臭いものにフタをし保身を図ったものは社会的に成功する、ということになります。これがまた現実的なわけですが、良心に従った行動はただただ潰されるというわけではなく、多くの犠牲を払い、何度も妨害や抵抗にあいながらも、物事がゆっくりとあるべき方向に進んでいこうとする、という描き方にしてあり、かすかにでも希望が持ててよかったです。 著者はあとがき(覚え書き)で、実際にこのような製薬業界の犯罪があるといっているわけではないですよ、と言っています。 確かに、手間を省き手っ取り早く新薬を市場に出して大きな利益を上げたい、と考える会社の行動としては、こんなにあっちゃこっちゃに賄賂をばら撒いたり脅迫したり暴力に訴えたりしていては、かえって時間もお金もかかってしまいそう。 しかし、治験を行ううえでの安全性の保障や、途上国の人々の人権の軽視、副作用のデータを集めるに当たってネガティブな情報は隠されるなどバイアスがかかりやすいことなど、この作品で描かれている問題は、実際に起こっていることをある程度反映しているのだろうと思いました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.08.11 14:01:47
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