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のんびり幸兵衛夢日記

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2011.08.23
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カテゴリ:読書
笹まくら」(丸谷才一)を読みました。
米原万里が「打ちのめされるようなすごい本」の中で褒めまくっていた小説。丸谷才一本人がそのあとがきで、自分の作品の評価があまりにすごいことになっているのでこのあとがきを引き受けるのをためらった、というようなことを書いていたほど。

米原万里はクックの作品を読んで、これなら笹まくらのほうがすごい、と感じたということですが、先にクックを読んでいた私は正直、クックの方がすごいんでは?と思ってしまいました。
この2者の共通点は、時間の流れに沿って話を進めるのではなく、時間的に新しい(現在の)出来事を描きつつ、そのあいだに過去の出来事を挟んで、同時進行で物語を進める、という手法。

この、現在の話を読みながら読者に浮かぶ、過去に何があったんだろう?、どうして主人公はこういうことを言うんだろう?、といった疑問が、あいだに挟みこまれる過去の出来事によって、少しずつ明らかにされていく感覚を、米原万里は薄皮を一枚一枚剥いでいくよう、と表現していました。
私がクックを読んでいつも感じるのは、透明な水に一滴ずつ絵の具を落としていくように、もっと曖昧でぼんやりとした「気配」のようなものを漂わせていく感じだということでした。

「笹まくら」は純文学的な作品であるのに対して、クックはミステリー小説作家なのですが、どちらかというとクックは少しずつ気配や言葉にしようのない雰囲気を感じさせるのに対し、「笹まくら」は物語の構成上、話の筋を効果的に見せるためにこの手法が使われているように感じました。


この作品を読み出して中ほどまで、私はイライラしていました。
戦時中に徴兵忌避者として5年間逃避生活を送った過去がある主人公は、第二次大戦後20年経った現在、私立大学の職員として働いているが、その閉鎖的な組織の中で生きづらさを感じている。
ということがこまごまと描かれているのですが、その当時逃れようがないとされていた徴兵制度を拒否した時点で、一線を越えてしまっているのであり、5年間もアウトサイダーとして生きてきたのだから、もっと世俗的な些事から突き抜けるような、達観した人生観が出来上がっていてしかるべきではないか?、こんな生ぬるい人間が、ほとんど不可能とされた徴兵忌避に成功したと言われても、どうも感情移入できないぞ、と。

しかし中ほどの、タイトルになっている「笹まくら」の説明の部分に来て、この印象が一気に変わりました。
主人公が大学の助教授とダベっていて、

  これもまたかりそめ臥しのさゝ枕一夜の夢の契りばかりに

という和歌がある、という話になり、これは「刈り」「節」「笹」と掛けてあり、旅先でのかりそめの恋を歌ったものだが、万葉時代だから実際に笹を枕にしたのかもしれない、と聞いた主人公が咄嗟に、「かさかさする音が不安な感じでしょうね。やりきれない、不安な旅…」とつぶやく。
そのひと言で、主人公の徴兵忌避時代の厳しさが、相手に伝わる、というシーン。
これは、うまい。。と唸りました。

逃避行中に、誰かに追いかけられたり、人物を見破られるなど、なにか大事件が起こるわけではなく、ただ何事もないように、どの瞬間も気を抜かず、常に想定される質問にすらすらと答えるよう準備をして、生き続けなければならない。
身体的には戦場に送られるよりラクなのだけども、それだけに常に後ろめたい気持ちで、そして見つかれば待っている死を常に意識して息を潜めて生きなければならない厳しさが、このエピソードでとても真に迫って伝わってきます。

最後の方で、主人公は職場に居づらくなり身の処し方を考えなければならなくなって、しばらくジタバタした挙句、ふと、身分にこだわらず何でもやって自由に生きればいいじゃないか、という心境になり、そこから、20歳で徴兵忌避のために家族に黙って家を出た当時のことを思い出します。

この最後の部分を読んで、なるほど、前半部分で私にあれほどイライラさせたのは、こういうわけだったのかと思いました。
時間の流れに沿って普通に書いたのでは、戦後20年経ってやっとたどり着いたこの境地をうまく説明することができなかっただろうと思いました。

戦争が終わった直後は、その時を境にすべての価値観がガラッと変わったように思えたが、平穏に暮らすうち、世の中の風潮も変化し、主人公もなまぬるく煮え切らない感じでモヤモヤと生きている。
もう戦争は遠い過去になってしまい、それがかえって、戦中に通じるようなものの考え方が世間に広がるようになっているのを感じ、生きづらい。
今のこの風潮(60年代後半当時)は、このままでいいのだろうか?
と、作者は問うているように感じました。

この作品が書かれた当時からさらに時間が経って、今読むと、確かに戦後60年以上経った今になってやっと見えてくる時代の流れというものがあり、例えばもはや戦後ではないという言葉は遠い過去の言葉だし、この作品の時代の空気感も、いくつもある戦後の時代の、「節」目のひとつに過ぎないのだなあと思いました。





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最終更新日  2011.08.23 17:28:03
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