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のんびり幸兵衛夢日記

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2011.12.14
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カテゴリ:読書
浮世の画家」(カズオ・イシグロ)を読みました。
古本で見かけるまでこの本の存在すら知らなかったので、大した出来ではないのだろうと期待せず読んだところ、いい意味で予想を裏切られました。

終戦直後の混乱期の日本を舞台にしているところは、「遠い山なみの光」と同じ。
また、住み慣れた家を手放して何年も経ってからその家を訪れて懐かしんだり変わりように胸を痛める部分は、「わたしたちが孤児だったころ」とそっくり。
さらに、主人公の語り手が、戦争の前と後という世の中の価値観ががらりと変わった時代について振り返るという全体の設定は、「日の名残り」に共通します。

後ろの解説でも書かれていますが、この作者の作品はいつも同じ。
登場人物の語りで物語が進み、今現在ではなく昔を振り返るという形式。
しかし、この作者のことを考えるとき、いつも、いろんなことに挑戦しているなあという印象を持ちます。
そもそも、日本に住んでいた記憶はおぼろげにしかないのだし、画家という芸術に生きる人の世界や、ほかにもイギリスの伝統的な執事の生き様や、臓器移植のために作られた人間というSF的な世界まで、見てきたような嘘を書きというか、様々な世界を創作しています。

また、こうやって作品を読んだ後にどんな話だったかと振り返ると、これといって大きな出来事があったわけでもなく、つかみどころがないような気がするのに、読んでいるあいだ中退屈することはまったくなく、読み終わった後も充実感があります。

この作品では、小野という画家が主人公。
戦時中、翼賛的な絵を多く描き名を馳せ、確かな地位を得たが、戦後周囲の目が冷たくなる中で、これまでの自分を振り返る、というような話。
この小野という人物の回想や会話での言葉が、今の時代の私たちにはいちいち鬱陶しく感じられる、ように描かれているところが上手いと思いました。
周囲から疎まれる老人の、ぼんやり佇んでいることが多くなったり、考えが取りとめもなく取り散らかったり、自分の都合の悪いところはぼやけた思考に終始する様子の描き方が見事で、30代そこそこでこういう域に達するのはすごいなあと思いました。

世の中の考え方や価値観がコロッと変わってしまう転換期の前後に生きる人々の、自己を正当化しようとする心や、人間関係の難しさなどを描いているところは、少し前に読んだ「笹まくら」(丸谷才一)に通じるものがあると思いました。

修行時代に師事したモリさんは、遊郭で遊び宴会を楽しむような、浮世の世界にこそ、画家の描くことのできる微細な美があると考えている。
しかし小野は、日増しに戦意高揚の雰囲気が高まる世の中で、ただ狭い世界に閉じこもり快楽の世界を描き続けるべきではないという思いが高まり、勇ましい軍人のイメージを描くようになる。。

このあたりを読んで、加藤周一が太平洋戦争の開戦を知った時、これで日本の芸術は終わりになると、文楽を見に行ったという話を思い出しました。

世の中で何か大きなことが起こったら、芸術家といえどそのこととまったく無関係で生きていくべきではない、という考え方や行動は、最近もよく見られます。
その時点での自分の考えや、それに対する世の中の評価と、時代の大きな節目を経て見えてくるものとは、一致しないことの方が多いのかもしれません。
そういうことを後々振り返って、人は人生の終わりにどのように消化するのか、ということに関して、作者は人間の弱さや醜さを描きつつも、寛容な姿勢を示しているのが、温かいなあと感じました。





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最終更新日  2011.12.14 16:40:18
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