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カテゴリ:読書
「ふくろうの叫び」(パトリシア・ハイスミス)を読みました。
うしろの訳者あとがきに、イギリスでは「パラノイアの女王」と称されているとあります。 ずっと、この人の作品は、そういうことが書いてると思いながら読んでいたので、この言葉を見て、すっきりしました。 こないだ読んだ「イーディスの日記」では、イーディス本人もその夫も息子のクリッフィーも、それぞれおかしいという家族が描かれていました。 学校で習う内容もあまり理解できず、働きだしてもアルバイトで、飲んだくれてばかりのクリッフィーですが、母親が精神的に崩れていく様子や、父親がいい年をして浮気をして家を離れていく様子を、冷静にしっかり観察して分析しているという描き方が、非常に印象的でした。 精神的な病理は、特別な世界のものではない。 私たちの普通の生活の中に、すぐ身の回りにそれは常に存在する。 精神病理と健全性との境界は、曖昧なものだ。 というようなことを、いつもこの人の本を読んでいると感じさせられます。 この作品では、主人公のロバートはうつ病的な傾向があり、過去に病院にかかったことがある。 そのロバートを好きになるジェニファーは、「死」に関心を持ち、やがて自殺する。 ロバートにジェニファーを取られたと思い、復讐しようとするグレッグは、妄想的かつ攻撃的で頭で考えることに弱くすぐに暴力に走るタイプ。 ロバートの元妻ニッキーは、自分に都合のいいように事実を歪曲し、自分勝手で攻撃的で、復讐に燃えるタイプ。 これまで読んだ作品では、だいたい主人公が殺人など犯罪を犯して、それを自分の都合のいいように解釈したり、罪の意識を感じることなくアリバイ工作をするというように、主人公の性質が他人に害を与えるような異常さを持っていました。 しかしこの作品の主人公ロバートは、落ち込んだり不眠に悩まされたりはしますが、他人に不利益をもたらすタイプではありません。そこが、これまでの作品と大きく違うところです。 ロバートには次々に災難が降りかかり、被害者なのに周りからは殺人犯扱いされるなど、とことん不利な立場に追い込まれます。 でも、感情的な言い訳はせず、いつも冷静で、目先の損得ではなく、かくあるべきという態度を崩しません。 それに比べて、グレッグとニッキーはとことん他人に害を与えるタイプ。 これまで読んだ作品では、主人公に与えられていた性質を脇役に配して、グレッグやニッキーの異常さの被害に合い続け、翻弄される人物を主人公として描いています。 描いている世界は共通するけれども、視点を変えているところが、面白いと思いました。 また、精神的な世界の描き方が本当にリアルなのも、改めてすごいなあと思いました。異常さのバラエティの描き分け方というか。 たぶん作者自身が、人生を通じてこういうことを考え続けなければならない人だったからではないかという気がしました。 この作者は、男性の主人公でも女性の主人公でも、小説を書くことができます。 先日読んだクックが、絶対男性で、いつも同じような立場の人を主人公にするのと対照的です。 しかし、人から精神的にどこかおかしいところがあるんじゃない?と見られる人物という点では、ハイスミスの描く主人公も同じような人です。 やっぱり、自分とまったく立場の人を主人公に据えて書くのは、難しいことなんだなあ。 この作品では、「死」がテーマになっています。 その扱い方が、まじめで、とてもよかったです。 自殺するまでのジェニファー本人の世界の描き方や、その死後ジェニファーの両親に会いに行きその死をどう受け止めたかどう悔やんでいるかを述べるロバートの言葉、四面楚歌の状況のロバートにただひとり味方して親切に世話を焼く医師の態度にあとからロバートが思いを馳せるところ、など。 人生、損得ではなく品格、見ている人は見ているものだと思いました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.06.20 15:36:09
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