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カテゴリ:読書
「天地明察」(冲方丁)を読みました。
本屋大賞をとったときから、ずっと読みたかった本です。 SFやファンタジーを書いている人だけに、軽くてサクサク読めます。 が、軽いけれども、深い。よかったです。 貞享暦という昔の暦を作った、渋川春海(安井算哲)という人のお話。 どこへ行くにもそろばんを携えていくほどの算術(算数)好きで、天の星の世界にも関心が高かった春海の評判を聞き及んだ会津藩主・保科正之の命で、当時の宣明暦を改暦する事業を担うことになる。 その改暦が実現するまでの、紆余曲折の物語です。 数学が苦手だった私から見れば、他人が解けない問題を夢中になって解いて喜びを感じるなんて、それだけでもんの凄い人だなあと思います。 でもこの人の優れたところは、ただ難しい数字の世界が理解できるというだけでなく、それが実際の世の中で何の役に立つのか、どういう意味を持つのかということまで、スパーッと見通すことのできる、深い理解力があったところだと思います。 三平方の定理の問題から、太陽と地球、月の関係に思考が及び、星の観測から暦のことを考えて、そこから朝廷と幕府の力関係や頒暦(カレンダー)から得られる莫大な利益にまで頭をめぐらせる。。 解説で養老孟司さんが、普通の人は数は抽象だと思っているが、数学者は「数の世界は実在だ」と考えることが出来るのだと言っています。 私はいっつも、数学とか物理とかの問題を解くたびに、「…で?」と思ってたのです。 この改暦は、決して春海ひとりの手によって実現したわけではなく、先達があり、多くの協力者がありました。 先輩から見込まれ、あとは頼みますよとの言葉に、頼まれましたと応え、精進して20年以上かけて実現させる。 自分が若い頃に見てきたものを、後の世代にも示して、託す。 この、頼みましたよ、頼まれましたのリレーで、今の便利な世の中があるのだなあと思いました。 こういう不断の努力は、たとえすぐには成果が出なくても、ずっと絶やさず続けていかなければならず、短いスパンだけを見て切り捨ててしまってはいけないのだと思いました。 作品全体がスルスルと読めてしまうのは、主要な登場人物がみな勤勉で善意に満ち、胆力があるので、清清しい雰囲気が流れていて、それが読んでいて心地いいからではないかと思います。 今の時代の人が失ってしまったもの、昔の人にはこんな心のあり方があったのだというものが描かれています。 実際には、陰口やら僻みやら、暗くてジメジメしたものが、この時代の世の中にも満ちていたと思いますが、それらはさらりと簡単に書いてあるだけ。 これは、話をきれいごとにしようという意図ではなく、何より、脇目も振らずひたむきに、算学や天文学や改暦に一心不乱に打ち込んだ、主人公の春海を通して世の中が描かれているからではないかと思いました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.06.28 13:46:35
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