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カテゴリ:読書
この暑い盛りに、風邪を引きました。
半年ほど前と同じく、今回も母の風邪をうつされたもの。 胸の奥の方が熱く痰が絡んで近所中に響き渡るようなオッサン咳で窒息しそう。グルジイ。 で、編み物という現実逃避と、音楽という現実逃避と、読書という現実逃避に、邁進中です。 「夏草冬濤」(井上靖)を読みました。 「しろばんば」の続編です。 今年の母の日のプレゼントに添えた図書カードで母が買ってきた本のひとつが「しろばんば」。 面白かったから続編が読みたいけど、本屋には置いてないというので、この続編の上下2冊をネットで買うことに。 さらに、その続き(「北の海」)も読みたいということで、ポイントをはたいて買う羽目に。 どうせなら私も読まな損やと、読み始めたわけですが、この洪作のお話は、本当に面白い。 特別な事件が起こるわけでもなく、ただ、一人の少年の学校の友達との会話とか、祖父母や伯母さんなど親族との関わりといった、何てことのない日常が描かれているだけなのですが、その、いかにも感動させてやろうとせず淡々と描いているところが、何ともいいのです。 「しろばんば」で、朝から晩まで村の中の自然を満喫し思いっきり遊びまくっていた洪作が、中学生になり、3年ぶりに帰郷したときの様子は、特に印象的。 曽祖父の妾だった、おぬい婆さんと暮らした土蔵を訪ねると、本当の祖母であるおたね婆さんによって、事前に土蔵の内部をきれいに拭き掃除してあることに、洪作は気づきます。 また洪作がおたね婆さんに、生前のおぬい婆さんに似てきたと言うと、腹も立てずに、そうかそうかおぬい婆さんはとてもよくできたいい婆さんだったというようなことを、おたね婆さんは言うのです。 さらに小学生の頃と同じように、近所の子供たちと遊ぼうとしますが、たった3年しか経っていないのに、何をしても以前のように楽しく感じない自分に気づく、というところも、淡々と書いてあるだけにじぃんときます。 中学では、1年上の利発でやんちゃな少年たちに惹かれ、仲間に加わるのですが、この金枝、藤尾、木部、餅田といった男の子たちが、みんな個性的で、会話が機知に富みユーモアがあって、何とも楽しい。 それに比べ、伯父や祖父といった大人の男性は、みなぶっきらぼうで厳格で、つまらない人物ばかり。 なのに、なぜか読んでいて、魅力的な人柄の人物よりも、こういった面白味のない不器用なおじさんの方が、印象に残ったりします。 感情に乏しいおじさん、温かみのある人柄のおばさん、ひ弱だけども繊細な男の子、二十歳ほどなのにもうすでに子だくさんの肝っ玉母さんのようなお寺の娘、など、登場人物がみな生き生きしていて、ああ、そんな人っているよなあと思わされます。 洪作は、仲間たちと比べて世の中の常識にも文学の知識にも乏しく、仲間からは「これまで何して生きてきたんだ」と言われたり、祖父には「おくてだ」と言われたりしますが、子供のころに自然いっぱいの中で遊び回り、他人よりゆっくりと成長してきたことが、こういう小説を生むことになったのかもしれないと思いました。 このシリーズにはまってしまい、もはや、洪作が他人とは思えなくなってきました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.07.29 17:25:12
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